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  • 2017.08.28 Monday

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    a piece of pop star

    • 2017.06.05 Monday
    • 00:30

    いってまいりましたBritney Spears, LIVE IN CONCERT@代々木体育館。

     

    ブリトニー、よかった!!!

    なんというか一言でいうと"It's Britney bitch!!" て言葉そのまま。

    鍛え上げられた身体、練られたパフォーマンス、2時間弱駆け抜けるタフさ、全てがプロのポップスターであった。すげい!!!

     

    衣装がほとんどボディスーツみたいな感じなんだが、エロスではなく、スターにありがちな病的バキバキボディでもなく、

    ヘルシーな色気のあるナイスバディで、キュッとボインとしたケツに思わず憧れた。

     

    あと手で髪を抑えて頭を振るとこ!連獅子みたいでした!金髪をわざわざファッサーって何回もやるとこ!

    自分の金髪のなんたるか、それをふり乱すブリトニーの”あたしブリトニーよ!!”て感じがたまらんかった。

     

    ポップスターって何かって、「人の視線を受け止めるプロ」だな、と。

     

    芸能人、人に見られる仕事の人って、大半は歌とか演技とか何かの才能に飛び抜けてるから出てくるんだけど、

    自分が表に出したかったこと以外のところ、自分のやることなすこと全てに人が群がって、

    見られているだけじゃなくて、そういうことまでコンテンツとして消費されるってことにもちろん意識は向いてないわけで、

    そういう事態ですり減っていって、自分の自意識とのバランスがとれなくなってだいたい狂うじゃないですか。

     

    (このあたりはブリトニーの"Piece of me"の歌詞なんかにも。まさに、だよね)

     


    I'm Mrs. Oh my God that Britney's shameless!
    (You want a piece of me)
    I'm Mrs. she's too big now she's too thin
    (You want a piece of me)

     

    そういう状態になった後に”それでもこれがしたい”とか”私はこれで生きて行く”てのがでてきた人は強いな、と。

     

    まったくうまく言えないんだけど、

    「過去のブリトニーを演じる」でもなく「ブリトニーの違う一面を見せようとする」でもなく

    「今のハイパーブリトニーが過去のブリトニーという型を演じきる」みたいな。

    別物なんだけど、期待はずれじゃなくて、がっかりもしない、超かっこいい女の人がそこにいた。

     

    人の視線を華麗に受けとけてみせながら”でももう誰にも自分を消費させないわ”的なプロっぽさがあって、それもよかった。大人の女だった。

     

    なんかよくわからないけど、私この人のこと嫌いになること一生ないだろうなって思った。

    仕事を仕事だって割り切ってて、その上で自分の仕事を存在を愛している、ブリトニーbitch!

    愛すべき女だった。最高です!!!

     

    CORONA | THE WALL "Un-frontier-yourself" 日本語意訳

    • 2017.02.01 Wednesday
    • 01:27

    なんだか暗い世情に暗いニュースな今日この頃ですが、ついったで見かけたCORONAのCM(もはや意見広告)が

    かっちょよすぎたので英語字幕書き起こし&日本語訳(意訳です)置いてみます。

     

     

    All of us are angry at the wall that mad man wants to build.

    (僕たちはみんなあのイカれた男が作りたがっている"壁"に腹をたててるよね)

     

    But we should also be angry at the walls we have here. That don't let us move forward.

    (だけど僕たちは"自分たちが持ってる壁”にも腹を立てなきゃいけないんだ。このままでは世界は変わらない)

     

    Like these haters who criticise other people's success.
    (人の成功に嫉妬して文句ばかり言うヘイトたちみたいなこと)

     

    We must move up!

    (僕たちも変わらなきゃいけない)

     

    Focus on yourself and fight for what you want. There are no excuses.

    自分自身にフォーカスして、ほしいものを手にいれるために努力する。戦うんだ!言い訳なんてできない。)

     

    If the internet shows us this way, it doesn't mean we're actually like this.These cliches don't define us.

    But the good news is, some of us are already making it big.Well done mate.

    (インターネットがそういうからって、自分たちがそうだってことじゃない。言葉が僕たちを決めているわけじゃない。でも一つ望みがあるのは、僕たちはすでに、おっきな勝負を始めてるってこと)

     

    Enough of playing the victim.Nothing will be solved this way.Grab life by the horns.Without fear.

    (犠牲者でいるのにはもう飽き飽きだ。こんなことでは何も変わらない。警笛をならして、おそれることなく、自分たちの人生を取り戻そう)

     

    And believe me, you are your only frontier.
    (信じてほしい、自分だけが、自分の中に壁を作るのだ。)

     

    I always wanted to do this. Un-frontier-yourself.

    (僕がほんとうにしたかったことはこれ。"自分の壁を自分で壊せ"

     

     

    *なにぶん元のスペイン語がわからんので詳細ご勘弁

    *とくにインターネットのくだりのところ

    *"Focus on yourself and fight for what you want."て今年の自分のテーマにしたいくらいかっこいい

    「食べて、祈って、恋をして」旅と欲望とジュリア様

    • 2016.11.27 Sunday
    • 20:43

    映画に行こうか、クリーニングも受け取りに行かなきゃだし、郵便局にも行かなきゃ、と思っていた日曜日。

    昼過ぎまでぐーぐー寝て窓を開けたら、雨が降ってることに全てのやる気を失いまして、
    WOWOWオンデマンドでジュリア=ロバーツの「食べて祈って恋をして」をいまさら見てみた。

     

    http://bd-dvd.sonypictures.jp/eat-pray-love/site/

     

    女子ウケ狙いっぽいタイトルが気になっていままで見てなかったんですけど、特に大人になってからジュリア様が大好きなんだよね。

     

    ただの"女優さん"ではない、生活感とか生命力みたいな人間味あふれる感じが年々魅力を増幅していく。

    泣いてる顔がシワだらけになる感じ、手に生活感丸出しの血管が浮き出てる感じ、女優さんなんだけど、そこにちゃんと生きてる人に見える。

    ジュリアが笑えば俺らも幸せ、みたいな気持ちになれる。いい女優であり、ステキな女性だよなあ。

     

    さて、レビューってあげといてなんなんですが、映画の筋やらなんやらがそんなに特別すばらしいわけでもなかったのです笑

    が!旅に出ることの本質と、ちょいちょい出てくるセリフのリアリティが出てていいなあって思ったので書いておきます。

    (よー知らんかったがこれドキュメントをベースにした映画化なのね。そのへんの実感のこもり方はたいしたもんだ)

     

    離婚して傷ついた主人公が、自分の人生を取り戻すためにイタリア、インド、バリ島を旅をする。

     

    「こんなに苦労して築いた結婚生活なのに、まったく自分のものって気がしないの!情熱も欲望もなにもないの」

     

    と、ニューヨークを後にする主人公ジュリア様。

    結婚はしたことないけど、「これがほしいと思ってたどり着いたところがまったく楽しくない。自分がほしいのはこれだったの?」て気持ちはなんとなくわかる。

    自分が何がしたかったのかわからなくなって「え!ずっとこのままここにいるの?」て絶望する感じ。

     

    最初の行き先がイタリアはローマなのですが、食欲の扱われ方がまずよかった。

    「昼何食べた?サラダ?私も。もう自分が何を食べたいか、食欲さえも私は忘れてしまった。そんなの嫌だ。自分をちゃんと取り戻したい」

    なんてNYでほざいてたジュリア様、イタリアに着いた途端「炭水化物最高!」なんて明言吐きながらパスタからピザから食べる食べる。

     

    さらにはイタリアに来て太ったことを気にする女友達にいいことを言うんだ。

     

    「私も太ったよ。でもどっちにしたってこのピザは食べるじゃん。だったら罪悪感を持つことをやめよう?

    ぶくぶくに太るのはやだけど、太ったら1サイズ大きなジーンズを買えばいいじゃない。おいしいピザ食べようよ」

     

    これすごい真実だなーと思った。

     

    別になんでも食べればいいってわけでもないけど、食べたこととか太ったことにその都度罪悪感を感じるのってつらい。

    太ったらそれが嫌だったら痩せればいいだけだけど「食べた自分は太った私はダメな人間」て思うのがつらいし悲しいことだと思うのだ。

    別に痩せてりゃいいってわけでもないし、ジーンズのサイズが上がったって楽しい方がいいじゃん。

    という発想の転換をどんどん手に入れてくジュリア様。

     

    ローマの人がジュリアに説く

     

    「アメリカには娯楽 (entertainment)はあるけど、快楽(pleasure)がない。イタリア人はCMで煽られなくたってdolce far niente (何もしない喜び)を知ってる」

     

    て言葉も個人的にとても印象的だった。ガッテンガッテン!

     

    そこからインドに行き、バリ島に行き、自分がどうなっていきたいのかを人との関わりの中で考えて、

    自分の欲望はなんなのか、ということを少しずつ取り戻していくジュリア様。

     

    なんか旅の醍醐味って、いろんなところで自分との違いと同じところを感じる比較文化論みたいのが、

    自分の視点のアングルを変えてくれて、またフレッシュな気持ちで生活をスタートできるところなんですよね。

     

    旅はスイッチであり、リセットであり、リバースであり、ポーズであり。

    旅に出ることは救いだなあ。旅が好きでよかったなあ、ってなんとなく自分の追憶をたどりながら見てた。


    みんな人生が嫌になったら旅に出たらいいよ、てわりと本気で思っている。

    来年はどこに行こうかなあ。

    表現と想像力の彼方 -コクーン歌舞伎 '16 四谷怪談-

    • 2016.06.27 Monday
    • 02:18

    ほんとうに久しぶりの歌舞伎を観覧にコクーン歌舞伎にでかけた。

    主に亡くなった祖母だったり、引っ越した友人だったり、いつも歌舞伎を一緒に見ていた人がいなくなってしまったのと

    歌舞伎座が建て替わるタイミングが重なって、なんとなく習慣としての歌舞伎観劇を失ってしまったのだった。

     

    そんで勘九郎さんが亡くなってからのコクーン歌舞伎。

    四谷怪談は納涼歌舞伎の勘九郎さんのイメージしかないなあ、としんみりしながら客席に着いたのですが。

    終わってみれば「ああ歌舞伎っていいなあ。コクーン歌舞伎っておもしろいなあ」としみじみ噛みしめるような舞台でした。

     

    今回の舞台はお岩さんの話にフォーカスした「南番」ではなくて、

    関わる人々のそれぞれのドラマを群像劇ぽく描く「北番」を下敷きに串田和美さんの演出によるものだったのですが、

    いままでしばしばコクーン歌舞伎で提示されてた

     

    "奇想天外ミスマッチ!派手でしょ?退屈じゃないでしょ?おもしろいでしょ?"

     

    ではなくて

     

    "人々の想像力を助けて、現代社会とのコネクションを感じさせる"

     

    ことにフォーカスしているような。

     

    まさに”現代劇としての歌舞伎”のようなおもしろい舞台になっていたのがとても新鮮でよかった。

     

    歌舞伎の舞台を見るときって、そもそも武家社会がどうだったかなんてこちらの頭にはないから、

    想像力を補う意味で作り込まれた舞台や、場面を展開していくための回る舞台がいい手助けになってたりする。

    それを大きな装置なしでどうするかってのがコクーン歌舞伎の見せ所の一つで、

    それは今までわりかし「水槽」や「椎名林檎の音楽」という異質なもので目くらましのように人々を巻き込むことで処理されてたように思う。

     

    今回はそれが実に堅実に"現代的に"処理されてたのが印象的だった。

    例えば川のシーンでいろんな人が伏せながら蠢いていることで川の流れと絡みつく業みたいなものを表現してたり、

    たくさん使われる衝立を黒子さん(サラリーマンの格好)が動かすことで舞台を回転させるみたいに場が進んでいったり。

    おかげでいままでになくこの頃の社会を"自分で想像しながら"観ることができた気がする。

     

    お岩さんってかわいそうだったんだなあ、江戸時代って大変だったんだなあ、ていつになく深く感じ入って、

    お岩さんの独白シーン(またセリフが後ろのモニタに文字で出てきてサイレンスの中仕草で表現するのがおもしろかった)では涙し、

    伊右衛門をやってる獅童にはなんてバカ男だ!と腹をたてた。(いろんな意味で)

     

    コクーン歌舞伎はあんまり好きじゃない(て言いながらもよく観てた)祖母と一緒に観たかったなあって心から思った。


    そして、歌舞伎は一生の趣味として細々とでも続けたいと心から。

    だってさ、普通に舞台を見て楽しむことができる上に

    「あの子がこんなに大きくなって!」とか「この人、お父さんのほうがイケメンよねえ」とか「この演目はXXさんのほうがいい」とか

    そういう"ババア的な楽しみ"が恥ずかしげもなくできるんですよ!最高じゃないですか!!!

    (橋之助のとこの国夫くん、まさに初舞台見たことのある子で相当感慨深かった。。)

     

    MVPは順当に勘九郎と扇雀さんだったかな。

    勘ちゃんはいい子いい子だったのに男の色気と余裕みたいなものが出てきて、

    間の取り方とか外し方がハッとするほどお 父さんに似てる瞬間があってグッときた。

    なかなか枕を交わすことを許さないお梅に「おらあ毎晩変な気持ちになっちゃうよ」とアドリブっぽく言うとこ。間が最高によかった。

    扇雀さんは熱演の一言。年月に磨かれた芸が見事だった。お岩さんのいじましさに泣けたもの。

    (獅童はだいぶマシになったけどやっぱイマイチで、主役はどうなのよ、とつくづく思ったことも書いときます。

    なんというか色悪(二枚目かつ悪人)に必要な深みがなくてただの乱暴者のバカに見えるんですよ。。

    自意識が自分で止まってる人、自分自分でいっぱいいっぱいな人には周りまで輝かすことはなかなかないのよね)

     

    様式がとにかく美しく、誇張された表現方法が独特で、筋書なんてわからなくても楽しめるところが最高な歌舞伎。

    そこにぶちこまれてるのがいつの時代も変わらないような世情と庶民の感情とドラマなのだ。おもしろくないわけなかろう。

    こういう新しい表現も入って、いろんな人が見に来てくれて(若い人には敷居が高い値段はちょっとしんどいなと思うような年齢層の高さだったけど)

    そうやってこれからも歌舞伎が盛り上がっていくといいなあ、その一端を見守りたいなあとほっこりした今年のコクーン歌舞伎でした。

     

     

    人と一緒にいること

    • 2015.10.19 Monday
    • 01:09
    WOWOWでやると聞いてから楽しみにしてた、宮沢りえ主演の紙の月を見てました。

    http://www.wowow.co.jp/pg_info/detail/106497/index.php?m=01
    ※以下HPに載ってるあらすじ。その後ネタバレありですのであしからず。

    >梨花は夫の正文と幸せな日々を送り、契約社員として働くわかば銀行でも丁寧な仕事ぶりで上司の井上からも高い評価を得ていた。
    >ある日、彼女は裕福な独居老人・平林のもとを訪ね、孫で大学生の光太と出会う。
    >数日後、梨花は仕事を終えて帰る途中で光太と再会し、何かに導かれるように彼との逢瀬を重ねる。学費のために借金をしているという光太に、梨花は金を融通し始めるのだが……。


    おーもしろかった!宮沢りえってすごいなあ!

    イノセントに堕ちていく、日常の瀬戸際をぴょんとジャンプしちゃった人って感じがとってもすっと入ってきた。
    "恋に落ちる"とか"逢瀬を重ねる"とか"破滅へと向かっていく"とかって感じじゃなくて、
    梨花の内面の葛藤も恋愛感情も深く描かれることもなくそのまま淡々と進んでいく。

    なんというか、”人と一緒にいる”ってとても難しい、といろいろ考えてしまう映画だった。

    感情を口にずっと出さないってやっぱりとてもよくないんじゃない?と思ったシーン。

    自分が契約社員になったご褒美に、ささやかな腕時計をペアで買った後に、
    出張帰りの旦那さんにカルティエの腕時計を贈られて気を悪くし「なんで?」て言いつつも
    「ん?それくらいのものをもう身につけたほうがいいだろう」という答えに「ありがとう」て呟いて梨花はうつむく。

    でもこれ許してないのたぶん。
    「ありがとう」て言ったけど「なんなの?」て思っているのだよね。許せないなら飲み込まなくてもいいのに。
    "感情を飲み込むな"てもちろん「なんでもかんでも全部ぶつけなよ」ってことではなくて、「自分が飲み込むからそれでよし!」てほんとにできるのかってこと。
    飲み込めないんだったらそれは「私は嫌だったよ」って伝えたほうがよいし、伝えられる、伝えたい相手と一緒にいたほうがいい。

    そして旦那が上海転勤を伝えるシーン。
    あくまでも明るく爽やかな田辺誠一が「決まったから。銀行にはすぐ話して」と話すと梨花はまた気を悪くし「上海にはいけない。責任があるから」と答える。
    そこで旦那に何気なく「責任?」と鼻で笑われ「私にも自分にしかできない仕事があるの!!」とキレてついていかない。旦那もそれを掘り下げない。
    (旦那は上海からもちょいちょい電話をよこしては「変わりない?」「変わりないよ」なんてのんきな会話をしている。)

    一方池松くん演じる光太。
    お金を払ってもらうことに慣れて関係がぐずぐずダメになっていくところが非常に印象的だった。

    なにかをしてもらっても「ありがとう」って言わなくなったり、お店の人に話しかける時にタメ口になったり、梨花への借金の返済がなあなあに滞ったり。
    人といることに慣れて、時間とかお金とか約束とか、ちょっとしたことに思えてもルーズになっていく人って苦手だ。
    人として魅力的なところが他にあってもそういうのにルーズな人って私はどこかで諦めていく気がする。
    誠実じゃないというか、期待してはいけないというか、そういう諦め。

    期待しないでつきあう相手ってある意味楽なんだけど、それはバカにしてると同義だったりするんだよね。
    そしてそういう関係はまた相手も敏感に感じ取ってしまったりするものなんだと思う。

    現に光太の浮気を見つけた時、走って自分の家に帰った梨花を追いかけてきて「ごめん」と謝る光太に梨花は言う。
    「来週またアパートに行くから。(なにもなかったように楽しくすごそう?」光太答えて曰く「だめだよ。それじゃだめなんだよ。」
    これに梨花は怒ったり問い詰めたりすることもなくこれを受け入れて「じゃあおしまいだね!」て答えてしまうのです。

    。。。

    誠実に、相手の気持ちを敏感に受け取って、自分の気持ちを押し殺さないで、こまめに二人の関係をアップデートするように、つきあう。
    人と一緒にいるってなんて難しいことなんでしょう。

    "破滅へと向かう"とか"恋に溺れる"とか大げさな言葉じゃなくて
    "自分の感情をないがしろにし続けた結果、空っぽになってしまって、ふとしたきっかけで向こう側にジャンプしてしまう日常の中の壊れた人"
    を描いたような映画なのかな、と思った。

    それにしても宮沢りえの透明感ある美しさがすべてと言ってもいいほどすばらしい。必見です。

    おとなのオリーブ trampled on

    • 2015.03.15 Sunday
    • 02:49
    GINZA別冊付録、おとなのオリーブ、買いました。



    中学1年生から高校3年生まで、1号として休むことなく買い続けた重度のオリーブ少女だった私。
    何かを期待しつつ、何かを恐れつつ、おっかなびっくりな気持ちでいそいそとページをめくりましたが、、、

    やーーーつまんなかったね!!

    スタイリングやレイアウト、写真や誌面はキレイだし、懐かしい気持ちはもちろんあるんだけど、、、うーむ。

    「おとなのオリーブ」って何??

    そもそもオリーブ的価値観は年齢に付随しているものではなくて、一つの価値観だと思うので、
    「大人の」(ええい「おとな」という平仮名にも腹が立つ!)と銘打つことで30代以上の元オリーブ読者にへりくだろうとするその感じがまず違うと思った。

    それよりも今の時代にアップデートした2015年のオリーブが見たかった。
    2015年の洋服を、コスメを、トレンドを、カルチャーを、オリーブだったらどんな風に見せてくれるのかが知りたかった。

    なんつか、アップデートしない人、できない人たちの言い訳懐古主義みたいな雑誌だったさ。
    懐古主義に徹するならトリビュート版みたいにすればよかったし、
    1号かぎりの別冊付録にするんだったらもっとスペシャルなテーマを掘り下げてもよかったのに。
    オリーブ的価値観を懐かしむ人にいろんな枠組みをふわっとさらって見せて「どや?懐かしいやろ?」て言ってる感じ。
    なんで2度も廃刊になったのか、考えてないのかなあ。
    (オリーブは雑誌のスタイル(フォーマット? はよかったのだけど、それをアップデートしていけなくなったから終わったのだと私は思ってます。

    以下具体例。雑誌の写真載せるのはどうかとわかってるけど、とりあえず。



    この安易なくだらないコピー、ひどいタイアップ。
    ごめん、オリーブってそもそも「そばかすさえもかわいいじゃん!」みたいな価値観で出来てる雑誌じゃん!
    「おとなオリーブな私」だなんてオリーブ少女はまず思わないだほうし、もうなんか自分で自分を踏みにじってる感すごい…

     

    突然ぶっこまれた4Pだけの文字だらけのパリガイド。
    見ての通り、写真もなけりゃ、ショップ以外は詳しい住所も載ってない。こんなんでたどり着けるわけないよ!なパリガイド
    「行かないこと」前提で作られてるんじゃないの?
    写真も、すわフリー素材か誰かの旅行の写真ですか、というクオリティだし、
    「やっぱオリーブといえばパリっしょ!」くらいな感覚でとりあえずぶっこまれた4Pにしか見えない。
    (挙句、ポンヌフの写真はこれポン=ヌフじゃなくね?小さい白黒だからわかりづらいけど、顔の彫刻がずらーっとついてるはずなんだけどなポンヌフ…



    この広告。これ、、、オリーブなの?大人だから?大人になったらオリーブ少女もこれ使いなよ、なの?
    広告とれて嬉しいのはわかるけどなんでもいいの???
    (そしてこれがキョンキョンなことにも一瞬気づかなかったよ OMG

    そんな中、唯一と言っていいほど素晴らしかったのはオザケンの連載でした。
    「2199年のドゥワッチャライク」と銘打って「視覚汚染」と「お金の話」「オリーブ的な価値観」をSFチックに描いた名作。
    「おとなオリーブ」な甘ったるさの中でオザケンだけが前を向いている感じがした。
    (余談ですが、オザケン小説書いてくれないかなあって思った。こういう感じのSF短編集とかすごくいいだろうに。

    なんというか、オリーブって少女漫画みたいな雑誌だったのですよ。

    「いいことありそうな予感、思い切ってわたし、髪を切る」
    「泣いてたまるか!失恋日記」
    「一緒にいる時間、いつもキスしていたい」
    「夏休みの間はピカソが先生」

    後ろのほうに載ってたバックナンバー見てるだけでもキュンキュンするような特集がいっぱいある。
    この感じが少しでもこのおとなのオリーブにあった???

    否。

    「アノコロハヨカッタヨネー」て言ってると楽だけどさ、もう死んだ子を起こしたり、死んだ子の年を数えたりするのやめようよ。
    それよりも今の気分がなんなのか、これからの世界をワクワク予感させてくれるようなものが読みたいよ。

    どんなに成功しても自分たちで自分たちの作ってきたものを壊して再構築し続けていかないとなんでもだめになっちゃう。
    雑誌に限らず、人も。

    いくつになっても、年相応に、自分で自分をアップデートしていける人でいたいなあと胸に刻みましたことよ。

    C'est la luxe

    • 2015.01.26 Monday
    • 02:11
    書きそびれてたのですが、年末にかけて二つ、ハイブランドのexhibitionに行ってまいりましたので備忘録。

    まずは12月に行ったディオールのエスプリ ディオール。



    銀座松屋の正面という贅沢な立地がまずうれしかった。
    いろんな人が買い物ついでに立ち寄れて、こんな贅沢な空間を感じられるって太っ腹がまさにラグジュアリー。素敵。

    中はディオールの世界を構成しているものをそれぞれ区切って見せてくれてたんだけど
    (ディオールの人生、芸術家との交流、アトリエ、ディオールのガーデン、ディオールと日本の関わり、などなど)
    その空間の見せ方が四角四面の「展示」ではなくて、大事なデビュー作のピースでもガラスを隔てないで見せてくれ、
    日本ではめずらしくどこでも写真も撮ってオッケーるな惜しみなさにただただ感動。



    こういう感じ。わかるかなあ?ほんとに50センチの距離くらいで直で見れるのさ。



    ラフシモンズのデビューコレクションのドレス。大好きだったの生で見れて感動した。
    こういう総柄のってちょっとだけ着物みたいだなって思ったりして。



    オートクチュールって本当にあるんですね、て思うようなディティールの数々。



    ムッシュディオールが道端でつまづいて以来ラッキーチャームにしたという星のモチーフ。現物。



    ムッシュディオールのデザインが現物。一つ一つにドレスの名前がついてるんだけど、
    「バッハ」とか「モーツァルト」とか音楽にちなんだものがけっこうあっておもしろかった。
    そして絵もこんなに上手!(ていうと変だけど)と感動。

    あとこれまた感動したのが、この出張、アトリエコーナー。
    ミスディオールのパルファンってリボンを一つ一つ職人さんが結んでいるんですって。
    その職人さんたちが出張してきていて、仕事場をそのまま再現してあったりして。



    意外と気のいいおばちゃんたち、記念撮影にも快く応じていました。
    こっそりフランス語聞いてたら「あー私トイレ行きたいんだけど」「あと20分だからもう上がっちゃえば?」なんて言ってたけど。

    次はですね、前後するんだけどその前に香港に行った時見てきたプラダスフィア。
    「ああ、それね。港だよ。行けばわかる」て言われててくてく歩いて行ったら出てきた風景。

      

    わかりますか?これ船着場を丸ごと展覧会場にしちゃってるんだな。壮観。



    このエディションたまらん。プラダ、大好きなんだよ、プラダ!と期待高まる。

        

    香港中のおしゃPが集まってるんじゃなかろうかってくらいのハイセンスさんたちの集まりでした。
    入場制限もしてたみたいで30分近く並んだ。

        

    入ってすぐに描いてあった絵。
    ブランドのオリジンが、カバンだけじゃなくて、旅行小物などを作っていたんだって。



    これ。そのブランド創始者のおじいさんが作っていた小物たち。
    この金具のモチーフ、銀に細かいドットのやつ、今のプラダでも使われてるやつだ!て気づいてテンションあがった。
    こういうブランドの元になったフィロソフィーやら知るの、とても楽しい。

      

    ブランドの変遷が、デジタルディスプレイを組み合わせてびゃーっとモザイクみたいになっていてかっこよかった。

             

    そしてアイコニックなピースたち。左はいわゆる「バナル」ルックの先駆けになったすごくよく覚えているコート。
    右はいろんなブランドがイラストっぽいモチーフで柄を作るこれまた先駆けになったハートのモチーフのブラウス。

    いろんなピースが置いてあったんだけどどれも記憶に残っていたり、今見てもかっこよかったり。
    プラダっていつもそのときの最先端で、かつプラダらしさはずっとあって、ずーっとかっこいいのがすごいよなあってつくづく。

    ブランドってなんだろうなーって前職辞めてからずっと考えていました。
    「ブランド」と「メーカー」を隔てるものは?
    人は何を期待してブランドを買うの?
    なかなか買えないハイブランドって、果たして一部の人だけのものなの?
    みたいなこと。

    ただ、こういう展示や、ブティックでその一端に触れて思うのは、
    例えば別に自分が買えなくても、そこに行くだけできれいなものが見れて、ディスプレイも接客も何もかもに「がっかり」がなくて、
    その体験を通してちょっとだけ自分が好きな世界観に近づいたり、うっとりしたりできる、
    人を喜びで満たすことを考えて作られているもの、
    そのオリジンがはっきりしていて、ぶれないながらも新しく何度も何度も生まれ変わるもの。
    そういうのがブランドじゃないかなあって思うんです。

    「ブランドが好き」なんていうととかく批判されがちな世の中ですが、女子なんてうっとりしてなんぼ。
    自分が届くものも届かないものも、そうやってときどき浸って、美しいもので満たされて幸せに生きていきたいなあと思った二つのexhibitionでした。

    イヴ・サンローランのモードと哲学

    • 2014.06.23 Monday
    • 02:37
    愛と偏執と狂気。
    才能というのはかくも脆くて危うくて希少なものか。

    http://ysl-movie.jp/



    行きの飛行機の中でフランス語の予習、くらいのつもりでつけたイヴ・サンローランの伝記映画が思いのほかおもしろかった。

    21歳でデザイナーとしてデビュー、クリスチャン=ディオールの後継者として働いた後、アルジェリア戦争で徴兵され、
    精神を衰弱しディオールから解雇され、26歳で自分のメゾンを設立。
    そこにはいつも寄り添う恋人でありビジネスにおいてのパートナーであったピエール=ベルジェがいた。みたいな話。

    いいなあと思ったのはプロデューサーであり恋人であったベルジェとの話は単なる美談として描かれているのではなく、
    恋人がいても恋をし(ましてやカール=ラガーフェルドの恋人に誘惑されまんまと浮気すらする)、
    美しいものが大好きで、夜な夜な遊びに出かけ、酒にドラッグに溺れ、取り巻きに囲まれ、それでもなお、孤独に絶叫する姿が描かれているとこ。

    そして非常にフランス人的だなあと思ったのは、戦争から戻って心神耗弱状態で入院しており、唯一会いに来てくれるベルジェとの面会のシーン。
    孤独だ孤独だ僕はもうだめだ。誰にも会いたくないんだ放っておいてくれ。と叫ぶサンローランにベルジェが言う。

    「Tu veux vivre ou tu veux mourir? Si tu veux mourir, je peux rien faire.」
    (君は生きてたいのか、死にたいのか?もし死にたいんだとしたら僕にはどうすることもできないんだよ)

    うーん。これが私の思うところのフランス的個人主義なんだよなあって思った。

    日本だったら「私がいるじゃない。あなたには才能があるのよ。がんばろうよ。愛してるわ」みたくなりそうな気がするけど、
    「君が死にたいんだったらそれはもうどうしようもないんだよ」てこの場面で言い放つってなかなかにすごい。
    別に他人の人生に興味がないのでも冷たいのでもない。でもそれはあなたが決めることだよ。ていうラインが非常にはっきりしてるんだよね。

    そしてこの国の人はその才能に惜しみなく喝采を送る。
    それは「才能」というものがいかに希少で、文化に、人に影響するものかということを知っているからだろう。

    ところで、同行者もやはりモード好きだったため、一般に開放しているというイヴ・サンローランのアトリエツアーも観に行ってきた。



    そのままにしてあるアトリエ、白の木綿で作ってラインを見ていたというモックアップの洋服、直筆のデッサン画。
    鉛筆は尖らせて芯のほうを上にして立てて並べてあったこと、
    (これがサンローランの「神経質さ」を語るエピソードとされていて日本人的には少々解せなかったけど)
    悲しい別れ方をしても最後まで敬愛してやまなかったクリスチャンディオールの杖がデスクに置いてあったこと、
    なかなか見れないものやモードの息吹みたいなものを感じられたスポットで楽しかったです。

    しかしまあ何が驚いたってベルジェおじさんの自己顕示欲の強さだね。
    まず写真見てもご覧頂けるように財団の名前が「ピエール=ベルジェ イヴ=サンローラン財団」なのである!
    そしてツアーの冒頭では「サンローランの人生クイズ」の後「ベルジェおじさんの人生クイズ」がある!
    (「ピエール=ベルジェはどこで生まれたでしょう?」とか、知らん!10人からなるツアーのメンツみんなぽかーんとしてたよ!)
    ショップにはベルジェおじさんの本が平積みで並んでいる。そのタイトル「ピエール=ベルジェ -スターを生み出す男-」!!!

    やーおもしろすぎるよベルジェおじさん。。。
    実際プロデューサーとしてすごい才能があって、バスティーユのオペラ座のディレクターなんかも務めてらっしゃるそうですが、
    飽くなき自己顕示欲に驚くやら一周回って興味が引かれるやら、でございました。

    最後に、アトリエの絵はがきにもあったサンローランの言葉を引用。



    「Les modes passent, le style est éternel.」
    モードは移ろうが、スタイルは永遠である。

    Rien n'est plus beau qu'un corps nu.
    Le plus beau vetement qui puise habiller une femme, ce sont les bras de l'homme qu'elle aime.
    Mais, pour celles qui n'ont pas eu la chance de trouver ce bonheur, je suis là
    裸よりも美しい姿はない。女性を最も輝かせる洋服は愛する男の腕の中である。
    しかしその腕を見つけられない全ての女性のために私が洋服を作る。

    これまたなんてフランス人らしい哲学を感じるサンローランの言葉でございました。

    8月の家族たち

    • 2014.05.06 Tuesday
    • 02:10
    メリルストリープとジュリアロバーツの共演。しかも家族もの。
    その情報だけで気になりまくっていた「8月の家族たち」を観てまいりました。

    詳しい諸々は下記公式サイトを見ていただければと思うのですが、

    http://august.asmik-ace.co.jp/

    父の失踪をキッカケに久しぶりにオクラホマの実家に集まる家族の物語です。

    毒舌家で圧倒的な存在感の母(メリル=ストリープ)、
    両親のお気に入りだったけど家を出て都会で暮らす長女バーバラ(ジュリア=ロバーツ)、
    不倫がばれて実は別居中のその旦那(ユアン=マクレガー)、おとなびている反抗期の14歳の娘(アビゲイル=ブレスリン)、
    実家の近所に住み続けているマジメな次女アイビー(ジュリアン=ニコルソン)、
    マイアミに住んでいる頭パヤパヤな三女カレン(ジュリエット=ルイス)と胡散臭い婚約者、
    明るいデブなのに引きこもりの息子だけを腐しまくる母の妹とやさしいやさしいその夫、そして引きこもりでコミュ障の息子(ベネディクト=カンバーバッチ)。

    もうこの各々のキャラ設定だけで前のめりになってしまいそうな感じなんだけど、
    まーーーーーーおもしろかった!です!

    毒舌家というか『I'm just a truth teller (ほんとのことを言ってるだけよ、と本人のセリフ本編より)』な母のキャラクターのメリルストリープの演技が最高で、
    アンタッチャブルなことにガンガン切り込んでいきながらも娘たちが子離れしていくことの淋しさで人を振り回そうとするめんどくさい老年の性質がすごくよく現れてる。
    半狂乱でエキセントリックな演技、細かい心の動きを繊細な仕草で表現する演技のどっちも際立っていて、セリフの量もすごい多いのに独特のセリフ回しですっと心に入ってくる。
    すごーーーくユニークなキャラクターなはずのに「いるいるこういう人!」て思いながら見ちゃった。
    メリルストリープ!紅天女か!もしくは月影先生か!

    それに合わせたジュリアロバーツの演技がまた最高で、自分が正しいと思うことの中で生きてて夫の浮気なんて許せないプライドの高さ、
    愛されて育ったゆえの少し傲慢なところや、妹たちの生き方に対してslightly見下してる感じとかがすごく上手に表現されてた。
    (余談ですがジュリアロバーツは本人が主役の映画より、こういう大女優と一緒に出てる準主役みたいな映画でものすごく輝くと思う。
    以前観たスーザンサランドンと出てたグッドナイトムーン(これも家族もの)もめちゃめちゃよかった)

    なかでもやっぱり「女というものの業」「女の年の取り方」については辛辣なセリフが多くてついついそらで覚えちゃうくらいのインパクトでした。

    母「あんた…なんで化粧しないの。本当はかわいいのにそんな格好ばかりしてまるでレズビアンみたいね」
    アイビー「…お母さんには関係ないでしょう」
    母「そんなんじゃ男を誘惑できないわよ。女は化粧しなきゃだめよ。化粧をしないでもキレイなのなんてエリザベステイラーくらいなんだから。まああの女もコテコテ塗りたくってるけどね!ハハッ!」

    母「女は年をとるとだめよ。必ず男を若い女にとられるの。」
    母の妹「あらそう。私は自分のことまだじゅうぶんセクシーだと思うけど。ソフィアローレンだって80までセクシーだったじゃない」
    母「そうね。あんたはセクシーだと思うわよ。濡れた段ボールくらいにはね」

    カレン「ママは女が年をとると魅力的じゃなくなるって言ってるのよ」
    母「あら私は魅力的じゃなくなるなんて言ってないわよ。ただ『醜くなる』て言っただけ。あんたを見ればわかるでしょう。」

    「女は魅力的じゃなくなるんじゃない。ただ醜くなるだけ。」

    て言葉は真実すぎてショックだったなー。しばらく忘れられそうにないです。ぬ、ぬれただんぼーるていどのせくしー…
    けっきょくはその欠落感を埋めるために、結婚して子ども産んだり、仕事に没頭してみたりするのかな、て思った。
    女ってどうしても「女として認められなければ幸せでない」て呪縛がどこかにある気がするからなあ。

    「This is my house! 」(ここは私の家よ!)と叫んだメリルストリープにつかみかかっていって
    「" I " am runnning things now !!」(今はもう私が家族の長なのよ!(意訳))と食って掛かった喧嘩をした後に
    「私はこの家で生きていくわ。誰がいなくなったとしても。私は強い。誰よりも強い。」と母親が振り絞るように言うシーンもすごく印象的だった。
    家族って子どもが小さい時にはその単位で生きているのに、ずっと一緒にはいれなくて、最後には自分が残る、みたいなのが、自分にはわからないだけになんだか胸を打った。



    予告編はちょっと雰囲気違うかな。
    「衝撃の結末!」とか「愛しいからこそ」みたいな感傷的な雰囲気はそんなにないです。
    ただただシニカルで、理不尽で、ウェットで、複雑で、必死で、泣けてくる。それが家族だ。

    不思議と観た後に重たさは残らない。
    当代きってのザ・女優たちの圧巻の演技、女と家族の物語を、ぜひ多くの人に観てみてほしいです。

    中山可穂 『愛の国』

    • 2014.04.15 Tuesday
    • 01:56
    最初は怒りの小説なんだと思った。
    近未来的設定のファシズムが支配する日本で、弱者、とりわけゲイが少子化の敵だ、と迫害される設定で展開される冒頭を見て。
    (まあそう近未来的と言ってられるかどうかもわからない感じの昨今なのがおそろしくもあるのですが)


    http://www.kadokawa.co.jp/product/200805000529/

    (どうでもいいけど角川のオフィシャルに載ってる煽り文句
    『世界の果てまで歩いたら、この愛は赦されるのだろうかー恋愛小説の金字塔!』って
    ひどすぎるな。小説を愛している人や中山可穂を読んだことがある人の文章と思えないな。赦されないのはお前だ!ぷんすか!)

    京都のお墓の前で見つかった主人公は失った記憶を取り戻す糸口を掴んだところで政府勢力に拘束され、
    収容所での生活からエスケープして、スペインに渡り、約束を果たすために巡礼の道を歩く中で記憶を取り戻してゆく。

    読み進めて行くうちに、これはやはり壮大な愛の話なのだと思った。

    自分が愛していたのは誰だったのか。
    自分が描いていた愛はなんだったのか。
    自分は正しくその人を愛せていたのか。

    二度描かれる巡礼はそれと向き合うために描かれる。主人公は旅の中で、自分の中からえぐり出すように愛を描く。

    主人公王子ミチルの作品はデビュー作以来3作品目なんだけど、
    絵に描いたようなモテキャラで、魅力的で甘ったれで、次々とみんなが夢中になってどこか現実離れしていて、と、
    正直中山可穂の描く小説の登場人物の中では別段好きな方ではなかったけど、本作ではどうにもこうにも人間味があってよかった。

    相手のことを大事にすることを考えすぎて狂気の愛に走れないところ、
    でもギリギリのところで相手を見捨てることができなくて、それゆえに思い悩むところ。

    あとがきで作者も書いていたように
    「ミチルさんも、そしてわたしも、否応なく年を取り、つらい現実に打ちのめされたほろ苦い大人になってしまった」
    のでありましょう。でもそれが私にはよかった。

    ラストはいつもと同様どうしてもヘテロの私からしてみればロマンチックにすぎるのではないか、というような、
    ある意味では救われない気持ちになるのだけれども、
    それさえもやはり今までとはどこか違う少しだけたくましいメッセージがあるように感じた。

    そして作者のあとがきがまた秀逸でファンにはたまらなかった。ちと長いけど引用します。

     この小説には、これまでわたしが書いてきたすべてのテーマが含まれています。愛について、孤独について、旅について、何かを表現することについて、そしてとりわけマイノリティの悲しみについて。-中略-
     遺作になったとしても悔いはないよう に、すべてを捧げて書きました。-中略-愛に迷い、孤独に震える誰かのそばにこの本が寄り添うことができたら、作者としてこれ以上の喜びはありません。
      ずっとわたしの小説を読み続け、新刊を待ちわびてくださった読者のみなさんにこの本を届けることができて本当によかった。紙の本の手触りも香りもいとしくて、できればまた紙の本を出したいけれど、この次は電子の密林の片隅になるかもしれませんが、どうかわたしのことを探し続けてください。奇跡があれば、またいつかどこかでお会いしましょう


    (ちなみに私この「密林」の使い方とかのユーモアも好き。エッセイもおもしろいんだよー)

    極上の文章、珠玉の小説を読めることなんて年に何回もない。
    消費するだけの娯楽でない文章を脳みそにひたせることの幸せだけを抱きしめて今夜は寝ようと思います。おやすみなさい。

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