品性とお仕事の関係

  • 2017.02.18 Saturday
  • 13:10

今週はいろいろあってmore than exhastedで一週間を終えた俺様です。

物理的な仕事量、出張の移動、などももちろんあったのですが、

なんというかそれに伴って”仕事よりも政治が好きな人が物事を動かそうと暴れてる”のを見てて疲れた気がしてる。

 

いますよね。社内政治活動が大好きな人。

たぶんそれが得意な自負があって、自分がそれでここまで来たっていう意識が強いんだろうなあ。

自分が義憤に駆られてるフリをしながら、人を貶める言葉を他人に吹き込もうとする。えげつな。

 

好きにやればいいしそんなことで出世したいならどうぞがんばって、と思うけど、

ほんとに興味ないから巻き込まないでくださいお願いしますってだけなんだよね。

なんだろうなあ、人を貶めないと自分が上がれないと思っているのかなあ。

 

「どんなに苦しくても品性だけはいやしくなっちゃだめよ。人を落とすんじゃなくて自分が上がるのよ」

 

という菜都子ママ(c.一条ゆかり)の言葉を胸に刻印してやりてえ。

自分で言うのもなんだけど、私は意地が悪くても品性は清潔であるなあとつくづく。

 

とはいえ思い返せば、徒労感に苛まれてた前部署の仕事の最後らへんとかはやっぱり他人のことにとらわれそうになった瞬間もあった。

だからわかるんだけど、無駄にややこしいこと言い出す奴は、だいたい心がなにかの欲求不満なんすよ。

その上それを自分で認められないから変な形に歪んで肥大していくんだ。

 

というかね、長い目で見たら自分に正直であり、信用に足る人間であることのほうが大事なんです。

 

うさんくさい人間ってその場はみんな空気を読んで合わせてくれていても、

いざというときにバックアップしてくれるような人はいない。立場が変われば相手をしてくれる人が周りに誰もいなくなるものだもの。

 

ここ数年、いろんな環境で仕事をして、周囲も転職したり偉くなったりして、お仕事のことをよく考えるんだけど、

仕事ってマチュアになっていくのに3つの段階があるって思っている。

 

1)自分のことが一人で出来るようになる

困ったことがあっても人に訊きながら助けられながら仕事が完遂できるようになってまずは一人前

 

2)他人を巻き込んで仕事ができるようになる

自分のプロジェクトを他人と一緒に作っていくことができるようになる段階。パッションや見せ方を工夫して戦略的に物事が進められるようになる

 

3)人としての求心力を身につける

その人にならついていこうっていう気持ち。人を惹きつける力。チャーミングであること。自分のチームを作り上げることができる人はそういう人

 

そのどれが欠けてもいいマネジメントにはなれないのだけど、自分の立場を即自分の力と勘違いする人間も多いのもまた困ったもんだ。

下劣な人間が多すぎるポイズンな世の中でも、自分を見失わず、やるべきことをやって、きちんとした大人になりたいと願う今日この頃です。

心の処し方

  • 2016.11.21 Monday
  • 03:20

好きなライターさんが亡くなった。

それを知ったのと、風邪を引いて寝込んでいる、というシチュエーションが重なったこともあって、

ここ数日ベッドの中で言葉にならないようなことをぐるぐるぐるぐる考えてしまった。

 

「繊細だねえ」なんて今言われても嫌味にしか思えない程度には心がささくれていて、

(そうさ別にただの一読者なのだし、悲しむのに足るほど、そこまで熱烈なファンだったかと言われるとそうでもないしょうよ)

ただ大声をあげて泣きたい、とかでもないし、なんだろなこれは、というのが正直な感情だ。

 

もちろん勝手に同時代を同じ気概で生きていくつもりだった身からすれば、淋しいなあとは思うし、

単純にあの美しくてやさしい文章を新しく目にすることがないのは、残念だなあという気持ちなのだが、
もし生きていることがつらいことだったのであれば、どこかではよかったのかもしれないね、とも思うので、それ自体はもういいのだ。

そもそもわたしがどうこう言う話でもない。

 

ずっと、自分が何を考えているのかがよくわからなかった。

何かを考えたくて、みんなが何を考えてるのか知りたくて、検索して、いろんな人のいろんな感情に触れてみたりした。

それでもやっぱりわからなくて、そわそわしながらこんな時間まで眠れなかったりするわけですが、

今日なんとなくようやくその片鱗が見えたような気がして。

 

なんというか、人は誰に対してでも、どういう関係の人でも、自分の心の中での置きどころというか処し方があると思うのだ。

 

たとえば自分の側の人なのか、関係ないサイドの人なのか、好きなのか、嫌いなのか、憧れなのか、認められないのか、近いのか、遠いのか。

 

そういう四方八方あるいは立体的に「この人は自分にとってこういう人である」というのを"理解"してるみたいなところ、

そしてその"自分の中にあるその人”と一緒に日常を生きているみたいなところ。

 

ときどき引っ張り出して会ってみたり、関係が伸び縮みするように変わっていったりはするんだけど

「この人がいてくれる」ていう安心感で、会ってない時も平気みたいな奴。

 

それが突然なくなる時。突然、誰かがいなくなるとき。

 

そういうときに動揺するのは自然なことなのだと思った。

当人との関係が近かった、遠かったとかというだけではなく。

(もちろん近い人の悲しみは想像だにできないのだけど、比べるような話でもない。

”そんなに近しい関係でもないなら自分なんかに悲しむ資格があるのか”みたいなことをうじうじ考える必要もない)

 

「いなくなってしまったけど、ステキな人がいて、その人が刻んでくれたことと、今度は生きていく」

 

みたいに心の処し方を整える必要がある。それには時間も力もかかる。
 

なんかまったくうまく言えないんですけど、それが私が考えたことでした。

(あと会える人には会いたいし、かわいい人にはかわいいって、好きな人には好きって言おう。いつだって言おう。)

大人になるということは「何者でもない自分」を受け入れることである。

  • 2016.09.17 Saturday
  • 01:54

めずらしく、燃えてる案件について素直に考えてしまった。

 

 

4ヶ月で大学を中退し起業します。レールに沿ったつまらない人生はもう嫌だ。

http://www.ishidanohanashi.com/entry/2016/09/15/193000

 

 

レール!レールに乗ってるって!18歳で言っちゃうあたり!!!

 

とか

 

「自分の夢は社長」って!やりたい事業じゃなくて「起業すること」そのものが目的って!!!

 

とか

 

何もやり遂げてないのに、大学辞めただけでなんかやった気になってる!!!

 

とか、

細かいツッコミどころはもちろんあったのだけど、読んでてなんかひっかかるなーってところをつきつめたら

 

就職=レールに乗った人生=普通のつまらない人生

 

としているところなんですよね。(以下一部引用

 

**********

 

このままやりたいこともできずにつまらない人生を過ごす方がよっぽど辛いです。

 

*********

 

「このまま、周りと同じように3年後は就職活動をし、4年後には働き始める。」

そんな、いわゆる「普通」の人生に自分が満足できるのかって考えたときに、

他の誰もしないようなことをして皆を見返してやりたいと思い、必死にその方法を探しました。

 

 

どんだけ人生のスコープ狭いの、、、

 

ああ、要するにこの人は

 

「就職しちゃう=特別な人じゃないかもしれない自分」に恐れをなして逃げ出したんだな、と。

 

私いろんな人を見ていて最近強く強く思うんですけど、

 

大人になるということは「何者でもない自分」を受け入れることである。と。

 

なーにが「普通」の人生だ!そんなものなくて、みんなが一人一人必死に生活してるだけなんだよ!

見返してやりたい?お前の自尊心のために他人を利用しようとするな!やりたいことがあるなら一人でとっととやれ!

つーか!やりたいこととかなくても!自分は自分で食わせなきゃいけないんだよ!!!働いてるだけでじゅうぶん尊いだろ!バーカ!!!

ということに私は腹がたったんでしょうな。

 

好きにしたらいい。自分の人生だし。

ただ何かをするときに人をクサしたり、何もやってないのにぶち上げたり、中身がないのに自分に食われてく様を見せられるのは勘弁な、と。

 

ちなみに「やりたいこと」がちゃんとあるならまだしも、それもないのに「何者でもない自分」を受け入れられないと、

迷走して目をつぶって走ってる間に「何者でもない人を食い物にする人」に補足されてまっさかさまに落ちてdesire!なんですよね。

目をつぶってたら、自分が持ってるものまでも失ってしまうんだぜ若者よ

(「起業したから」の何割がso called マルチの海に堕ちたと思ってるんだ、、、

 

何者でもない自分がつくっていく、毎日のささやかな生活を愛おしむことこそが人生の本質では、とわたしは思うでよ。

 

その後くしくも本物の若者にtwitterのほうでリプライをいただいて、

「やりたいことがはっきりしない中でも就職したほうがよいのか?その状態で道を決めるのは怖いことではないのか」と訊かれたのですが、

就職って結婚と同じようにゴールじゃないんですよ。その後も毎日があり生活があり人生は続いていく。

 

仕事としてやりたいことは働きながら軌道修正しながら探っていくのでも十分じゃんか。

それを踏まえてどういう選択をして、その後適宜どうやって進んでいくかってのがよっぽど大事だよ。

 

そして「人に伝えたい」ことがないのに「特別になりたい」で自分の身売りを始める人、

だんだん売るとこなくなっていって自分の尻尾に食い殺されてる感のある人がネット界隈にゴロゴロしてるから、

そのへんはなんつーか「自分を大切にしてね」としか言いようがないのですけど。

 

フォロワーさんがこの件に際して書いてらした言葉がとてもよかった。

 

"Don't invade other people's comfort zone for the sake of your own comfort

(自分の快適さのために他人の心地よさを侵すなかれ"

 

つまり、「私は好きにした。君たちも好きにしろ」な気持ちで生きていければみんなもっと楽しくて平和ってことです。

 

やりたいことなんてなくたっていいじゃない。人間だもの。

働いて、毎日生活して、生きてるだけでもうじゅうぶん上出来だよー!てなんなら叫びたい。

変わること、変わらないこと、知らないこと

  • 2016.09.11 Sunday
  • 23:02

夏のバカンスはクロアチアより帰ってまいりました。

 

お片づけ、洗濯、洗い物などを粛々とこなしながら寝たり起きたりしてたら友達から電話がかかってきて久しぶりの長電話をした。

近況報告や心境報告などをしてる中で

 

「ああ、私は『変わらない自分』が『変わっていく人とチューニングが合わなくなること』に飽き飽きしてたんだなあ」

 

て気づいた。吐き出せてちょっと楽になった。

「あー長いつきあいの友達っていいなあ。海の波みたいだなあ」って安心感に包まれていた。

 

日本は日々みんなが「楽しくなさそう」すぎる。

なんというか「個人の最大限の快適さの権利を守るためにみんなが自分のやりたいこと我慢する」みたいな。

だから「いろんなあり方」がそもそも認めにくいし、自分の考えの範疇の外で楽しそうな人がいても

「ほんとは楽しくないにちがいない」とか「私の方がもっと楽しいし」(マウンティングってやつですね)みたいな心境に走る人もいたり。

「変わらない自分」を責められるような気分になることもときどきあったりしてちょっと疲れちゃってた。

 

例えば今回の旅でびっくりしたんですけど、長距離バスでiPhoneの動画をイヤホンじゃなくてふつーに音出して観てる人とかいるわけですよ。

最初はもちろん「うるせーな」て思ったのだ が、「音ちょっと下げて」て言えば聞いてくれるし、自分も友達とおしゃべり気兼ねなくできるし発想を転換できればなかなか快適であった。

 

そういう新しい考え方というか、ところ違えば想いも違うよね、みたいなのってほんとによいアクセントになる。

自分の生活だけにblindになってパンパンになっている頭に針を刺して空気を抜いてくれるような。

 

「知らないことっていいよね」

 

って話した。

そういうアクセントを刺しながら、変わらない、と思っている自分も少しずつチューニングしていけたら、楽なのかもしれないな、

なんて心境になった。よい旅でした。

 

いい旅夢日記、いくつか書こうかな。おつきあいくださいませ。


ハリルホジッチ X ベンゲル対談に見る比較文化論

  • 2016.08.14 Sunday
  • 14:34

WOWOWのユーロ総括の特番、なにげなく見ていたら言葉の意味でも比較文化論的にもとてもおもしろかったので。

*サッカー詳しくないしフランス語ブランクもあるので、サッカーの事実確認できませんし、訳は意訳として、フランス語のスペルミス(アクセント表記無)についてはひらにご容赦ください。

 

まずは対談の流れ的にでてきたフランス語の"le vis"と"duel"という言葉が気になった。

「日本サッカーに足りなくて、伝えたいけど伝わらなくて困っているのは"vis"と"duel"の概念だ」とのことで。

 


 

なんのこっちゃ、と興味を持って話を聞いてみた。

 

ベンゲル

"Ils arrivent pas a obtenir des penalties parce que ils ont pas le "vis" "

ペナルティを"もらうこと"ができないんだよ。彼らには"vis"がないんだ!

 

ハリルホジッチ

"Il faut expliquer qu'est ce que ca veut dire "le vis". "Le duel" ils saveit pas qu'est qui est "duel" j'ai ete frape"

"vis"がなんのことか説明しなきゃいけない。"duel"にいたってはなんのことか知らなかった。衝撃だった。

 

visは直訳するとネジのことで、字幕では"ずる賢さ"と訳されているけれども、英語でいうところの"twist(ひねる)"のほうが近いかと。

 

 

ベンゲル

""le vis" a utiliser le regle du foot jusqu'a l'extreme pour que ton avantage. C'est pas au sauce negative"

"vis"というのはサッカーのルールを極限まで引っ張ってみて、自分の有利になるように解釈すること。そこにネガティブな意味は微塵もない。

 

twistはたしかに"意味をねじって屁理屈こねてる"みたいにも"機転を利かせている"みたいな意味でも使われる言葉なのだが、

そういう"機転を利かせてうまいことやる”ことを指しているのだろう。

 

ベンゲル

"日本人の正直さは好きだけど。サッカーにおいては"le vis"は知性の表現の仕方"forme d'intelligence"なんだ。ときに相手の弱さを利用することもある"

 

ハリルホジッチ

"まったくもって意地悪さじゃないんだ。でも日本ではイデオロギー的にもそれがわかってもらえないんだよなー”

 

 

相当なフラストレーションを抱えていたのか、ベンゲルに感謝するハリルホジッチさん笑

 

そしてその例として出てくるのがペナルティエリアでの動き&PKやFKについて。

私はサッカーは詳しくないのであれなんですが、PKが少ない」てことが弱さの指標として語られると思ってなかったので目からウロコでした。

 

 

 

わかったよ、てなるくらいなんども言及される笑

この1回だけのPKについても"par hazar (偶然、ラッキーで"て表現してたからな。。
 

 

 

 

 

この考え、非常に欧米的というか。いい悪いは抜きにしておもしろいなーと思いました。

 

twitterでも下記ご意見いただきましたが、

(相変わらずブログにツイートを埋め込めないポンコツなわたくし)

 

@umbe_llata
「日本人にとってスポーツは、戦いではなくて、自己研鑽や礼節を育む武士道のような教育を含んでいるように感じるので、ハリルの言っていることを内包させるのは難しい気がしないでもない。」

https://twitter.com/umbe_llata/status/764690629284683777

 

この”vis=物事をtwistして有利に進める"ことは大人としての狡猾さとして当然だ!みたいな意識はたぶん自分にも欠けがちなところで。

「そんなことしてまで勝ちたいか!!」とか「自分に恥ずかしくないのかあ!!」的な日本の教育ってとても貴いし立派だと思うんだけど、

外人とわたりあうときにしみついてる性質としてはかなりのdisadvantageに感じることが多いですよね。
 

もう一つの"duel"はメディアでもちょくちょく触れられてるとのことだったので割愛しますけど、言葉としておもしろいいなーと思ったのは

直訳すると"決闘"みたいなことになるので、察するに1対1での勝負強さ、当たりの強さ、当たり負けしないフィジカル、みたいなことかと。

「身体を作ることに対して若い頃からの意識が低すぎる」とおっしゃってた。

 

 

スポーツ選手ではないのになぜか耳が痛いです。

 

 

ここもおもしろかった。

duelを鍛えるために、laisser un petit peu jouer=プレイを止めないで続けること(軽微な反則があってもすぐに笛をふくな)

accepter evolution de football(サッカーの進化を受け入れること)が必要なんだ、と。

 

サッカーだけでなく、世界を相手にするときにはおしなべて考えなければいけないことなんだろうなー。

でもなー日本人マインドってしみついちゃってるし、そもそも変えなきゃいけないって思ってないからなー難しいよなー。

と自戒もこめて。

 

ちなみにWOWOWオンデマンドに動画置いてあるので、会員しか見れませんが気になる方は実際の動画を見てみてください。

 

http://mod.wowow.co.jp/detail?pg=014241&ep=001

 

p.s.

WOWOWということもあってか、かなりざっくばらんな対談で好き放題喋ってたっぽかった。

 

「現代サッカーの欠点はスペースでボールを受けるという意識がFWに欠如していることだ。ピッチの状態が昔に比べてよくなったため、

ボールは足元にもらうもの、という考えが浸透しすぎて、スペースにうまく動けるFWはほとんどいない」みたいな字幕が出てたんだけど、

「スペースにうまく動けるFWはほとんどいない。肝心要のヨーロッパですらそうなんだ。

皮肉なことにいま世界で一番スペースに動くのがうまいのはアメリカ人だぞ」て言っててバッサリ字幕でカットされてたりしてました笑

繊細でも、鈍くもなく

  • 2016.08.07 Sunday
  • 03:24

気の合う人たちとご飯を食べて、しゃべって、飲んで、しゃべって、上機嫌で帰って来た。

 

今日は1日暑いのとやる気がないのとでさんざん自分を持て余して不機嫌になり、

昼間っから飲んでなぞみたけど気分は変わらず、直前まで「あーうーーー出かけるのめんどくさいーーー」てなってたもので、

行ってみれば楽しく、上機嫌で帰宅したのがなんだかマジックのように感じられたのだったのだ。

 

寛容になったのか、偏屈になったのか、自分が苦手なものはもういいや、と諦める勇気がついたので、

会い続けてる人というのは要するに気の使い方のテンションが合う人たちなのだろう、と最近とみに思う。

 

繊細すぎず、鈍すぎず。

 

繊細すぎて、何を言われても傷ついて、とくにそれを他人のせいだと返し刀で相手を傷つける人も嫌だし、

鈍感すぎて、その場の空気や、人の気持ちを考えずに自分の事情がみんなの事情と思い込んでいる人も疲れる。

かといって「すんごい気を使ってますよ!!!」て空気出されると逆に気を使うしね。

 

上手にそこにいてくれる人が好きだ。

 

相手を受け止めて、自分の思っていることもぶつけて、それでも簡単に凹まない健全なタフさのある人。

何か気がかりなことがあったときにでも、ちゃんとした人間関係を築ける人、というか。

(逆に言えば「この先も仲良くしたい」と思ったら気がかりなことはちゃんと伝えるので、受け止めてくれない人はそこまでだと諦める)

 

そういうベースがあれば、生きている環境やフェーズが違っても、ずっと変わらずに仲良くできるんじゃないだろうか。

そんでもって、そういう人ってとても貴重で、それを忘れずにいて、大事にしなければなあ、て思ったのだった。

アッパレに生きろ

  • 2016.03.02 Wednesday
  • 23:26
アッパレ=自分の本質に従って、素直にそれを表現し、言い訳なしの一本勝負で生きている人

会社で信じられないくらいドロドロの文字通りクソみたいな出来事に巻き込まれて憤死するかと思いながら帰ってきました。
疲れた。怒りすぎて喉が痛くなって食欲忘れるくらい。詳細は省きますがほんとに会社って図々しいなと思うような事。

自分で言うのもなんだけど、わたし魂が高潔なんだと思う。
なんというか、正直に誠実に生きていきたいのだ。
今の自分が好きで、それと引き換えに手に入れたいものなどない。
下衆道に堕ちれば手に入るお金とか、人を引っ張りおろすような駆け引きしてまで手に入れたい地位とか、ない。

ただ楽しく仕事がしたいし、自分が信じていることのために時間を使いたい。
今のことを今自分がしたいことを考えた私が明日も生きてって、そんなわたしが将来を築けばそれでいいんじゃないかな、と感じている。

恋愛もそうだけど、仕事においても「別れたっていいんだ」て静かな決意を胸に、自分でいることを手放さずに生きていきたい。
自分が自分でいられないなら、そこに私の居場所はない。そこまでしてほしいものはやっぱり見つからないのだ。

ただニコニコ笑いながら恨みを募らせて、ある日突然キレたように消えるのも違うと思う。
意見を表明しないで不満を垂れ流すのなんて子どもにだってできる。
なんというか"自分の環境に働きかけて自分にちょうどいいように作り込んでいくこと"が大人の所作なのだ。
そうやって自分の居場所を作れなければいつまでたっても同じことの繰り返しだということ。
これも恋愛と一緒かな。というか、人と関係を作っていくというのはそういうことなのかもしれない。

だから言いたいことは言う。リーズナブルに、静かに、恐ろしく。自分の要求を伝える。それでダメならもう辞めればいいのだ。

「価値観を共有できない人たちと過ごしてる時間なんてなくないですか?
人生そんなに長くないんだから自分がやりたいと思うことに時間使いたい!」

とは一昨日送別会をしたアッパレな年下女子(元外資金融バリキャリ)が最後に教えてくれたこと。

自分の本質に従ってアッパレに生きてる人はいつだってinspiringだ。
そういう人とおつきあいしていろんなことを話すのが私の人生の喜びの一つ。
願わくば自分もそうやってアッパレに生きていきたい、と心から。

キラキラ女子とダークサイド

  • 2015.12.30 Wednesday
  • 00:11
帰省して早々に15の頃から一貫して仲良しのつばめちゃんとデートに出かけ、
今年の振り返りの中で、いく人来る人、的な、今年仲良くなった人と離れてしまった人の話をした。

女の子は往々にしてライフステージによって変わっていく。
その分環境への適応力が高いとも言えるんだけど、ときどきこっちはその変化に少なからず違和感を感じてしまう。
ところがこれまでキラキラして生きて来た女子は、その環境の変化を受け入れられずにもがき続けて、ときにダークサイドに堕ちて声が届かないくらい遠くに行ってしまう。
そんな風に感じることが今年は多かったなあ、て話をしてた。

それにしてもつばめちゃん、お前さんはなぜそんなに変わらないのか、と。
結婚、離婚、再婚、出産を経ても高校の頃からかわいさもアッパレさもキープし続ける彼女に訊いたら返ってきた答えが最高だった。

「えーと、基本的に"自分が最高"って思って生きとーけんやない?」

曰く、キラキラしたい(もうすでに我々にはこの欲求がよくわからないのであるが)人たちは、
強く"理想の自分"があって、それをときにモデルや芸能人の中に見つけていて、そこに向かってギラギラしている。
「人に素敵と思われたい」て不特定多数の評価をいくつになっても持ち続けてることが前提としてクエスチョンだけど、

「そもそもモデルなり芸能人なりに理想の自分を投影してるところがおこがましいよね!
VERYモデルみたいになりたいとか!そもそも顔が違うやろ!顔が違ったら人生も違うやろうもん!」

と的確なご指摘ががが。

料理が好きでもないのに"人にセンスがいいと思われたい"という理由で高い食器を揃えたりする、辻褄の合わなさがキラキラの素。
家庭不和からの不倫まみれをキラキラ子育てブログで補填するとかやっぱり私たちのの世界とは相容れないもん。
諦め半分に自分と折り合いをつけて、"自分サイコーだわ"て生きていればダークサイドに堕ちることもなかろうに、と。

『有森裕子的"自分で自分を褒めてあげたい"思考に、仲良しの信頼できる人が後押ししてくれると最強』

という話でフィニッシュでした今夜。

昨日のブログが年内最後のつもりだったんだけどはからずも続けて書いちゃった。

今度こそ。

よいお年をお迎えください。

幸せの方を向いて笑え

  • 2015.09.15 Tuesday
  • 02:06
子育てはコスパが悪いの悪くないの、石を投げろの投げるまいの、というけたくその悪い話を目にした。

別に賛同できない、ひどい考えだ、ということではなくて、結婚も子育ても、したい人もいれば興味ない人もいて、
考え方そのものはまるでわからなくはないし糾弾する気もないんだけど、とにかく言い方がぴんとこないというか、言ってることの先に何があるの?というか。

自分の言いたいことを、人をできるだけ傷つけずに上手に伝えらるのも大人の条件なんだけどね。

何を書くのも勿論勝手なんだけど、「じゃあこうしようよ!」みたいなその人なりの出口みたいなの示してくんないものなのかなあって思うこと多い。
人をも身をも恨みざらましでみんなをどん底に突き落としてどうするんだ。
書きたいことがあるなら、自分なりの "こうなの!これがいいと思うの!こうしたいの!"みたいの見せてほしい。
人を腐さないと自分の幸せを感じられない人は結局何やってても満たされないんじゃないの?
(それはそれとして日本人はそもそも「コスパいい」を「安い!」と勘違いしている節がないか?
「コスパいい」は「コストに見合う、それ以上のものがある」てことで別に「安い」てことではないのだけど、
食べログだのなんだのを見てても「高い=コスパ悪い」と一刀両断するのをよく見かけすぎる。)

閑話休題。

しかし日本で子育てがこんなに苦行みたいに描かれるのってのは何なのかなあって考える。
週末VOGUEのCFDAのデザイナーのコンペのドキュメント見てたんだけど「合わせて8人の子持ちよ!」てケタケタ笑う女性二人組のデザイナーは、
ある時間の中でやりくりして(そして「それが成功の秘訣よ!」とアナ様もおっしゃっていた)「力を合わせて勝ちにいくわ」と楽しそうにやってた。

パブリックスクールのデザイナーは男の人だったけど、「毎朝息子が学校に行く前にバスケにつきあう」てシーンが出てきたり、

 

他にも「新婚旅行を中止できない」て審査員との面談をキャンセルしちゃう人がいたり。
人生を賭けてるようなコンペの真っ最中に日本人なら絶対しないよなあって感心した。

そう考えると日本人はやはり「仕事が人生のプラオリティだ」と考えすぎなのかも。その最たるものが長時間労働で。
「仕事を一生懸命しなければいけない」と「他人に迷惑をかけてはいけない」の国民的生真面目さコンボが
「仕事以外にうつつを抜かす人間なんて認めない!」ていう強迫観念でぎゅうぎゅうのアンバランスな世界を作り出しているのではないかな。

働いて働いて、仕事以外の人生を犠牲にして、てそりゃ消耗するし憧れにくくなるのも道理な部分もあるよなあって思う。
「仕事のほかにも大事なことがあるから、ある時間でできることをやるしかしょうがない」て思ってないもんねえみんな。

本当は仕事以外にも大事なものがあって普通だし、なんなら仕事よりも大事なときが往々にしてあるし、
そのために帰らなきゃなときがあったり、もしくはそんなことなくたって本当に帰りたいときには帰れてしかるべきだ。
つまり「事情がある人だけが得をしたら自分だけ割りを食う」って考えるんじゃなくて、みんながそうできればいいんだと思う。

「そんなの理想論であって現実にはできっこない」みたいなことを言われても、
私は「理想を向いてなきゃ、じゃあどっちを向いていればいいの?」てなる。

どうしてもリアリストなことを言えば、帰らなきゃいけない人をサポートしたり、たまには自分が勝手に帰っちゃったりして、
そういうのが普通の雰囲気を自分の周りにだけでも、少しでも作っていけたらいいんじゃないかなあ。

だってみんなが楽しそうに生きてゆける世の中を作りたいよね(*ꆤ.̫ꆤ*)

true to inspire

  • 2015.09.12 Saturday
  • 02:53
アナ様のUS VOGUEとCFDA主催の『THE FASHION FUND (ファッション・ファンド・アワードの全て) 』を一気見してしまった。

http://www.hulu.jp/the-fashion-fund/

10人のファイナリストを4ヶ月かけて審査して、トップ3に賞金とメンターをつけてブランドの展望を支援するというコンペティションなのだが、
そもそも9.11で若い人がファッションウィークが潰れて絶望してるのを助けたいと思ってアナが呼びかけて創設したものだそうな。
ファッションナイトアウトもリーマンショック後のファッション界の不況をなんとかしたい、てスタートだったように記憶しているのだが、
ファッション界の女王と言われるほどの大御所の人がいつも次のことを考えていて、そして新しい切り口で出口を考えられるのほんとにすごい。

"誰かを誰かがサポートして育てようという実にアメリカ的な考えを形にしたコンテストだ"とダイアンが言っていたけど、
ファッションを本当に文化としてビジネスとして育てるとみんなが思っているからこそできることな気がする。
日本ってそういうのありそうでないもんなあ。

そんなわけで単純に本気の人たちのコンペを見るのがおもしろかったし、ファッションの女王アナ様はすばらしいし、知らないブランドを知れるのも楽しいし、
何よりも、ファッションに限らず「どうやって仕事に情熱を注ぐべきか」みたいな示唆に富んだドキュメントであったのだ。

審査員へのプレゼンやファッションショー、デザインチャレンジ、(余談ですが去年はユニクロの高機能生地で自分のスタイルを作ること!)スタジオの視察などを通して、
デザイナーとしての才能やコンテストやショーの優劣だけでなく「支援をしたら誰が伸びるのか」「ブランドとして長く活躍できるのは誰か」等
ビジネスとしての展望を4ヶ月かけて吟味した上でウィナーを決めるのであるが、その中でずーっと審査員が言ってることが一緒なのである。

ようするに、

「自分が何者であるかを理解しているか」
(「自分の魅力を答えられないなんてオハナシにならない」らしい)

「それをどうやって見せるかを考え抜いているか」
(プレゼンテーション含めて見せ方が下手だとシャイとかナイーブとかdisられる)

「自分がどこに向かいたいかを知っているか」
(「メンズとか帽子だけだとビジネス規模ちっちゃいけど、どうやってビジネスを大きくするの?」とか言われる)

「自分の独自性を見失わずに追い続けられるか」
(人の助言は大切だけど、それを見失うと「人の意見に左右されすぎてて自分がないわ」とか言われる)

「ルールを守りながらも自分の殻の外まで挑戦することができるか」
(「いまの自分の世界しか守れない」「コラボレーションの意味をわかってないわ」とかdisられる)

きっとでもそういうのってどんな仕事してても一緒だよなあ、なんてことをずっと考えながら見てた。

The biggest thing is to be true to yourself in life. To be individual and have a point of view. To try to lead, not to follow」
(人生で一番大事なことは自分自身であることです。個性を持ち、そのアングルを持ち続けること。無難に収めようとせず、挑戦し続けること)

というステラマッカートニーの授賞式でのお言葉も美しかったです。

個人的にここんとこ仕事に情熱を失いがちで「摩擦を起こさずに仕事を回せたらいいや」みたく思うことが不本意ながら多かったのですが、
「そうです!細かいとこまで自覚を持って仕事をするのです!それがプロの矜持です!」て言い聞かされてるような気分になる。

なんでファッションが好きかってつくづく思い知らされた。
細部の細部まで考え抜かれた世界観を反映した"ブランド"はいつでも私をinspireする身近なアートだ。

************
個人的におもしろかったブランド

完全手工芸で動物モチーフのジュエリーを作ってたMarc Alary。このワニの指輪ちょっとほしい。
http://marcalary.com/#Reptilia

パブリックスクールは知ってたけど、デザイナーの二人がイケメンかつ常に頭がよく全力投球で魅力的すぎた。
実はビジネスがあまり回っておらず「あと1年」と期限付きでの挑戦の中でやってたってぞくっとした。
http://publicschoolnyc.com/

ハードさとポップさと洗練が一緒になっててとてもモダンなジュエリーに仕上げてたEva Fehre。


受賞はしなかったけど個人的に着てみたいなーニューヨークっぽいなーって思ったTOME (元々はオーストラリアのブランドらしい)

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