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  • 2017.03.13 Monday

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    自分の恋愛感受性くらい

    • 2017.01.21 Saturday
    • 14:56

    「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ

     

    て言わずと知れた茨木のり子さんの有名な詩がありますが、そんなことを想った本日でした。

     

    昨日おとといと、アラサー女子たちの「えーん色恋沙汰うまくいかないんですSOS」の会に参加していた。

    パターンはお互い違うんだけど共通してるなーと奇しくも思ったのが、

    「自分の好みやプライオリティがはっきりしてない」ことと「自己評価が微妙に低い」ことでして。

     

    「もうやだ!私!結婚したい!」てゆーので

    「ではお見合いしろ」と言うと「それはやだ!」てなり、

    好みは「優しければなんでもいい」はずが突き詰めて訊いていったら

    「生理的に好きな見た目(竹野内豊系)」の人と「愛し愛されてつきあいたい」がゴールだったりと、とにかく混乱の極み。

     

    パートナーを選ぶときにステイタスのような社会的なことに欲情できる理性的なタイプか、

    見た目やその他生理的なことにしか欲情できないタイプなのかくらいは30までにはっきりさせといてほしい。

     

    だいたいどっちかに絶対プライオリティがあるし、どっちも、なんて人はほぼいないし、いたとしてもそれはラッキーなオマケだと思ったほうがいい。

     

    え?うそ?わからない?考えたことない???やばくない??

    そんなん自分はなんでその人が好きなのか、て考えたらわかるでしょ?わからない???嘘だろ!?!?!?

     

    てなりましたイエスタデイ。

    なんでなんだろ。女友達同士でゲスなくらい自分の恋愛を掘り下げるってみんなやってることかと思ってたわ。

     

    そしてだいたいのうまくいってないパターン(とくに結婚において)って自分の生理的な好みを軽視して

    "理性的に"相手を選んだつもりになってみたが、結局生理的な好みを封じ込められず「なんでこの人なんだっけ」てなるやつ。

    つまり社会的ステイタスに欲情できないのに気づかず無理したパターンの人が多い気がする。

     

    肩書き大好き女はそれはそれでうまくやってるもんなんですよ。

    ("パイロットしか好きじゃない"てANAのパイロットと結婚した元ビッチちゃんが一途に家庭を築いてたり、

    "年収とステイタスがあれば見た目なんてどうでもいい"とブスな旦那に甘やかされて年に数回の無制限お買い物月間もらって幸せなキラキラ女子がいたり、する)

     

    どっちに欲情できるかと好みのタイプによって、ある程度は落とし方やつきあい方の傾向と対策とるべきだし、

    そのためにも自分の好みはわかっておくべきなんだよ!

     

    そういう成功確率的な意味でも大事です。自分の好みの理解。

    そして人生の幸福度って自己満足であるからして。自分の求めることが満たされてたらわりと幸せなもんだよ?

     

    また自己評価についても、

    一人はわりとエッジーな趣味を持ってるのに「彼氏にあうときは女子アナ風コスプレ」だと言うし、

    一人は「誠実で真面目な人が好き」なのに「派手な巻き髪つけまつげを取るとスッピンに自信がないから嫌だ」と言う。

    しかも二人とも「どんなにひどい扱いをされても一年くらいなら我慢できる」て。え!長いよ!一年!!!

     

    傾向と対策の話にも関わるけど、そういう態度が果たして有効な相手なのかどうかにも関わるし、

    聞いてる感じはその子のとってる態度と相手への有効性がちぐはぐなんじゃないかな、と思ってしまった。

     

    ただ難しいのはこういう自己評価ってけっきょく恋愛での自信の積み重ねで、卵が先か、、になっちゃうんですよね。

    ダークサイドに堕ちること勿れ

    • 2016.11.23 Wednesday
    • 23:40

    学生時代のバイト先の帰国子女Sと不定期ランチをしていた。

     

    みんな同世代なのでいろんな変化が起こりすぎるほど起きていて、

    一般的に見たらかなりギリギリな話も、いわゆる世間的な幸せとはちょっと外れたドラマも、

    どんな話でも「うんうん。そうなんだ!それであなたはハッピーなの?」て穏やかに受け止めてくれる変わらない関係が好き。

     

    (余談ですが本日のハイライトは「なぜ誰も商社マン的男子とつがわなかったのか」という命題に対しての

    「家庭に入る/養われるという価値観に"馴染み"がない"から」という答えでした。

    "I don't know why but it just doesn't feel right!" とのことで、その表現に爆笑した)

     

    ひとしきり自分たちのupdateを済ませたあと、侃々諤々と三十路時事問題について。

    前回私が持ち出した"三十路前後でダークサイドに堕ちる女子多すぎ問題"についてナツキちゃん(仮名)がもちょっと話したいという。

     

    「なんか"ダークサイドに堕ちる"て言い方がぴったりだと思って。『え!こんな人だっけ?』てコロコロ坂道を転がるように道が分かれて疎遠になってしまうのあれなんで」

     

    聞けば元々プライベートでの友達だった彼女と仕事で関わる(それも彼女が上司として)になったとたんみるみる関係が悪くなり、

    「これはpersonal relationshipとは別問題だと思って欲しいんだけど」と仕事の上での指摘をしたらバックれてそれっきり(周囲からも姿を消した)案件があったそうで。

     

    一つみんなで話したのは、自分の周囲にフォーカスを合わせすぎていっぱいいっぱいになってるのかもねえ、ということ。

    (聞けば意外とその問題の根本以外の、その子のプライベートで問題を抱えていて、、というパターンも多い)

     

    女の子のほうがどうしても自分の周囲からの影響を受けやすくって、それを否定するわけではまったくないんだけど、

    そこで問題が起こるとどうしてもそこに頭がとられて、そうじゃない世界もあるってことを忘れがちである。

    でもやっぱりいろんな世界があって、いろんな人がいて、いろんな考え方があるって覚えてたほうが人生は楽だと思うのだ。

     

    あとはあれかなあ。

    「あなたと私の間に問題があってそれを指摘しても、それはあなた自身を否定しているわけじゃない」

    てことがなかなか伝わりにくいんだよね。どうしても個人攻撃だと思ってしまう女の子が多いのかも。

     

    (どうしてだろ?個人的にはそういう子は「言わなくても察してよ!」派閥なことに由来している気がする…

    自分があまり言わないから、人に何か言われると"ものすごい侮辱を受けた"て思ってしまいがちなのかな)

     

    むしろ、これからも仲良くしたいと思ってるから言ってるのだけど、難しいものだ。

    我慢って続かないし、嫌なことを我慢してまで続けたい人間関係なんてもうこの歳になるとなかなかないのだよ。

     

    兆候としては自分の話しかしなくなったら要注意だなって気がする。人の話を聞けるのも、ある種の余裕。

    近況updateをしたときに自分の話をひとしきりして「あなたは?」て聞けない人は相当いっぱいいっぱいだから、

    こっちがもっと余裕があるのならば、察して動いてあげるのも一考かもしれぬ。

     

    「人の言うことには素直に耳を傾けよう。言ってくれるってことはその人はすでに何かを割いてくれている。

    そしてほんとにやばいと思ったら言葉を選ばず正直に言ってよね」

     

    と確認し合う三十路女子友達たち、「よいお年を」の代わりに「May the force be with you (フォースと共にあれ!」と別れました。

     

    ちなみに「ほんとにやばいと思ったときのI QUIT ワード(プロレスの I QUITマッチ由来)」も友達に伝えている私。

    大事な友達をちゃんと大事にして、お互いのいろんな波を乗り越えながらこれからも仲よくしていきたいなと思っている三十路中盤戦です。

    MIU MIU WOMEN'S TALES #12"THAT ONE DAY"

    • 2016.09.19 Monday
    • 12:42

    MIUMIUのブランドストーリーテリングビデオのシリーズ、恥ずかしながら見たことなかったのですが、Women's tale = 女の物語。

    たまたま流れてきた#12の"That one day"の思春期編がすばらしく、ネームがまた好みどストライクだったので備忘録的に。

     

     

    仲間のいないスケボー少女の女の子Rachelleが主人公のショートムービー。

     

    冒頭のシーンで母親に車で送ってもらうのに

     

    「ここでいい」「ゲートのところまで送っていこうか?」「ここでいいって言ってるじゃん!」

     

    などというやりとりがすでに思春期っぽいw

     

    音楽もスタイリングももちろんすばらしいのですが、なによりもその思春期の「女の子感」が現れた描写が秀逸すぎてぐっと引き込まれてしまった。

    女の子としての虚勢とか、素直になれない感じとか、男の子に負けたくないって気持ちとか、思春期ならではの心細さとか、キラキラ輝く感じとか。

     

    そして後半のスケボー仲間になった女の子同士で話すところのスクリプトがすばらしくて。

     

    以下テキトー書き起こし(誤字誤訳はご勘弁雰囲気だけ読んでください。

     

    「Lot of people has this image in their mind, of like, perfect relationship with perfect life but then there isn't. The world 's not fair」

    (みんなあると思うんだけど、完璧な関係を築いてて、完璧な人生を送ってるイメージ。でも実際にはそんなものはないんだよね。世界はなんて不公平なんだろう)

     

    「We are the generation of loneliness cuz everybody so afraid of love each other」

    (私たちってなにげに孤独なジェネレーションなんだろうね。みんな愛し合うのとか怖すぎて躊躇しちゃってる)

     

    「Nobody trusts each other because they don't really want to get their heart broken」

    (信頼しあうのだって怖い。誰も傷つきたくなんてないじゃない)

     

    「There's "I have love for you", there's "I'm in love with you" and then there's like.. 」

    ("相手に愛がある"はあるじゃない、"恋に落ちた"もあるじゃない、そして他には…)

     

    「"I love you"?」

    ("愛してる?")

     

    「I don't know. There's so many and it gets so complicated and I don't know what to say cuz Idon't want to say wrong thing」

    (わかんない。いろんなものがあって複雑すぎるの。間違ったことは言いたくないしなんて言っていいか正直わかんない)

     

    「I agree that there's human experience that our generation is really missing out of. And I wouldn't feel lonly forever but I have to say that here's the first time that I haven't feeling that sense of  loneliness that I have always feel loneliness that always inside me just annoying at my inside. Just the fist time I don't feel that way.」

    (わかる。私たちの世代にまじで欠けてる"人としての経験値”みたいのってあると思う。

    "永遠に孤独だ"なんてわけないのはわかってるけど、でも今日初めてその"孤独感"を、いつも心の中に感じててずっと私の何かを邪魔してきた”淋しさ”みたいのを感じてない。ほんとに初めてなの)

     

    「あんたみたいな魚も広い海にはいっぱいいるってことだよ」

    「そうだよ。みんなここにいるじゃん」

    「ありがとう。泣くなんてきもいよね。ごめんね」

     

    みたいに続く。

     

    ああ、ほんとにこういうの好き。

     

    もちろん監督の力量もあるんだろうけど、プラダやミュウミュウには「失われない少女性」みたいのをいつも感じてて、

    それってこういう場面を切り取れるミウッチャならではなのだろうな、と感服した。いいね!!

    we need to talk

    • 2015.11.09 Monday
    • 03:18
    忙しくてなかなか会えてなかった女友達とお喋りナイトな日曜の夜を過ごしていた。
    なかなか数少なくなってきた忌憚なき丁々発止の相手。
    今日の一大テーマは「なぜ男の人は自分に合わせてもらって当然だと考えがちなのか」について。

    なんというか、おつきあいをしていても「自分の生活に女子が合わせてくれるだろう」という意識が強くて
    最初から「二人で関係を作っていくのだ」という気持ちでいる人なんてほぼ皆無。
    それに気づいてもらうところからのスタートだなんて、こっち側に設定されてるハードル高すぎないか?なんて話をしていた。

    例えば遠距離恋愛のときに出がちな

    「俺はいつでもいいよ。こっちに来るか、来れないのか、ゆっくり考えて」

    的な発言。
    一見親切ジェントルマンに感じるけど、なぜ、

    「どうしたら二人にとって一番いいかゆっくり考えよう?」

    ではないのか、と。そもそもなぜお前が来るという選択肢はなぜないのか?と。

    これってきっと日本人女子が空気を読みすぎて自然と相手に合わせちゃうから、
    そしてそれが「かわいげ」という名の美徳とされているからなんでしょうけど、
    そういう「俺の事情」ばっかりで詰め寄られると、私たちのような"自分の人生ラバー"にはちとしんどい。

    別に何事も海外と比べて評する気はなくて、単なる文化の違いだと思うんですけど、
    例えば、海外のドラマでカップルが揉めてる時に出てくる「we need to talk(話そうよ)」てやつ、
    あれって日本のカップルに文化としてなかなか存在しないじゃないですか。

    「俺の事情」「私の事情」じゃなくて、「二人のこと」て思ってほしいんだよね。

    何かしら原因があって二人がうまくいってないときに

    「どうしたの?(お前なに怒ってんの?)」

    じゃなくて

    「We need to talk (話そうよ)」

    て言われたいんですよ私は。

    こんな私以上に自意識(そしてジェンダー意識も)強めの某友人は
    「なんでそもそもこっちが先に察して動いてあげなきゃならないの?!」などと鼻息も荒かったですが、
    二人の関係を作っていかなきゃいけないのはこっちだって一緒の話。
    少なくとも相手が言ってくれるようになるまでは、何かを感じるたびに根気強く言ってみようと思うのです。

    「We need to talk (話そうよ?)」

    のび太よ謙虚であれ

    • 2015.08.08 Saturday
    • 02:39
    昨日のクレイジー女医との食事会がなかなかにおもしろかったので忘れないうちに。

    いわゆる食事会というやつで、相手は某マスコミの同年代男子とだったのですが、
    こちら側的には「最近私が会ってる男についてどう思うか聞きたい」という女子的ネタ食事会だったのです。

    「や、なんか好いてくれてるみたいなんだけど、どうも二人で会う気にならないんだよね。。」

    というか二人で会いたくない、て時点でそれは恋ではないよ!というツッコミは本人も重々承知なんですけど。

    ちなみにクレイジー女医はその名の通りちょっとぶっ飛んでる人で、
    若い頃はぶっ飛んでる自分を飼い慣らせずに普通だと思い込みすぎたそうで大変そうだったけど、
    最近は仕事への責任感と自分のクレイジーさとの折り合いをつけてらしてなかなかにアッパレなゴージャスなのです。

    いらっしゃったのが一人はのび太的三十路男子、もう一人はアナウンサー試験に落ちてそうな程度にはキラキラ男子。
    そしてこちら側はまあ気の強さには事欠かない働きマン女子二人。

    これが噛み合うの噛み合わないのって、なんというか”おらおらチヤホヤしろよ”といわんばかりの態度に、
    こちら側はいっさい応じる気が無く好きなことを好きなように喋って、好きなだけ飲んでいただけの会になりました。

    たとえば自分からいっさいこっちに話題振ってくる気ない感じとか、
    聞いてもないのに「俺日本語がキレイに喋れない女の子って苦手なんだよね」と理想の女の子論語り出しちゃう感じとか、
    私の前職の会社を「あ、俺受けたよ。受かったけど行かなかった」みたいな「え!その情報いりますか!」みたいのいちいち言ってきたりとか。

    女医曰く、

    「女の子にチヤホヤされることに慣れてるんだろうけど、
    私みたいなチヤホヤしてこない女が好きなんだったら自分から努力しなきゃいけないことに気付けていなくて残念すぎる」

    まさに。

    そして「私やっぱり所属してる組織の力を自分の権力と勘違いする奴って死ぬほど苦手だわ。」と返すと女医答えて曰く、

    「男の三本柱は外見と中身(頭脳)とお金(権力含)じゃん?
    そのどれか一つでも欠けているならそれを補うために謙虚であってしかるべきだと思うんだよね。
    イケメンで頭も良くてお金持ちなら多少図にのっててもしょうがないけど
    つまりお金があってものび太はのび太でしょ?だったら調子なんか乗らず謙虚で誠実であってはじめて一人前扱いされるんだよ」

    ああやっぱりこの人おもしろすぎる。
    ちなみに前回後輩女子を紹介しろと言われて連れて行ったら臨月の奥さんがいる男の人が来てたそうで

    「既婚者ののび太が浮気とか!死ね!!!
    金にモノを言わせたいなら億万長者くらいになってから言え!
    たかだかサラリーマンでそんなにふんぞりかえる権利があると思える意味がわかんないんだよ!!!」

    と吠えていらっしゃった。

    そして最後は黙って「お会計お願いします」とカードを切った女医にキラキラ男子が「俺、女の子にご馳走になったのはじめて、、」とびっくりしてた様がまたおもしろかった。

    楽しい二人で

    • 2015.06.27 Saturday
    • 02:57
    出会った時の鮮やかな色をいつまでも抱き続けることはできないし、
    胸の高鳴りはいつしか穏やかな愛着に変わっていくのも知ってる。
    それでも自分が選んだ相手は、砂漠の中で見つけた米粒よりも貴重な存在であり、ずっと好きな、好き同士でありたい。
    そんなことを思っている。

    プレ週末の焼肉をつつきながら、「長くつきあっていけるコツ」ってなんだろね、みたいな話をした。
    頭をひねって、というより、反射的に出てきた私の回答は以下。

    「愛情をちゃんと表現すること」
    「相手のせいにしすぎないで自分一人でもなんでも楽しめること」
    「飲み込みきれない不満は都度伝えること」

    自分的には「愛情をちゃんと表現する」「一人で楽しめる」は自分の心の健康のために大事だと思ってるんだけど、
    「男の人との関係」てとこにおいて言うと最後の「不満を都度伝える」がかなり重要度高い気がする。
    「不満を伝える」てワガママなことじゃなくてリーズナブルに大切なことで、
    それは「察して」とか「わかってくれない」とか無理ゲーを押しつけるくらいなら、伝えて話し合うしか道はないと思っているからだ。

    というのも、その不満をその場で飲み込んで忘れてしまえるなら全然それでいいんだけど、
    許せないことって、心の底に溶けずに残っていって、そうするといつか爆発したときに悪名高い「だいたいあなたはいつもそう!あのときだっ て、、、」の原因になる。
    男の人キョトン、後、理解不能。
    それなら都度淡々と伝えた方が二人で変わっていけるんじゃないかな、と。
    実際男性も気持ちがわかると対処法がわかるから「女ってなんなの?」みたいな食い違いに腹を立てずにすむ 。(はずだ)

    うまくいってないカップルの話を聞くとだいたい女子が「あの人全然わかってくれないのよ!」と喚く。
    「相手はなんて言ってるの?」と訊くと「何も?」と言 う。
    「自分が不満に思ってるってことは言ってるんでしょ?」と重ねると「どうせ聞いてくれないよ」と返ってくる。

    うーんわかるわけないよね。自明。はたから見てると。

    なんつか、いつも、いつまでも「楽しい二人」でいたいじゃないか。
    一緒にいるならいつもぶーぶー不満を抱えて、周囲に愚痴しか出てこないような二人より、
    いろんなことをお喋りしてたいし、いろんな感情を共有してニコニコしていたい。

    そんなふうに思うのは、思春期に読んだ鷺沢萠さんのこんな文章が遠因かもしれない。

    ことばを交わすのも飽き飽きしてしまったくらいなら、一緒にいる必要なんてない。楽しくないなら、一緒にいる必要なんてないのである。
    人からどう見られるかということを、もっと意識しろなんていうつもりはないのだけれど、それでも、もうちょっとスタイリッシュな恋愛なり夫婦関係なりを目指してみてもいいと思う。いちゃいちゃするのがスタイリッシュなのだと言っているのでは、勿論ない。
    ただ、愛している相手に対する最低限の礼儀として、一緒にいるならせめてつまらなそうな顔をするものではない。「自分しか見つめていない目」を感じれば、それはやっぱり嬉しいものだ。
    -中略-
    だから。
    待ち合わせた場所で恋人の姿を見つけたら、最高の笑顔を見せてみよう。
    ふたりでいられる大切な時間を、つまらない意地やツッパリで台無しにするのはもうやめよう。
    そうして、町へ出て、ほんとうにこの人が好きだと感じる一瞬が訪れたなら、頰でもいいから、キスをしよう。

    新潮文庫 鷺沢萠著『町へ出よ、キスをしよう』

    自分が感じることを、伝えたい相手がいるということがそもそも、ラッキーなのだ。
    I may appreciate to love someone beside me.

    かわいい女という時限爆弾

    • 2015.03.01 Sunday
    • 00:36
    twitterで話題だった今週号のSPA!のアラサーちゃん。(以下斜め字引用です。

    「女より優位に立ちたいタイプの男は年齢的にも幼い女をよしとする。同年代の女が好きな男は話が合う対等な能力をもつ女をよしとする。」

    ということに気づいてしまったゆるふわちゃん。

    「なんで?-中略- なんも知らなくてたいした仕事もしてなくてそのほうがかわいいって言ってきたのはおまえらなのに?」

    と白目になられてました。うう。泣ける。

    「男は女に対して優位に…」という話はまた長くなるのでちょっと置いとくとして、
    「女はニコニコ笑ってくれてりゃいいよ」ていう「かわいい女」の勝手な価値観は依然として存在していると思うんですが、それって若い女子にしか適用されない気がするんだよね。
    「素直でかわいくて、難しいこと言わないで、ニコニコして俺の話聞いてくれて」みたいなそういうの引っくるめた「若くてかわいい女(含むかわいげ」が好きなんだと思う。

    女の人はまあ自分なりにその手の「かわいい女」を男の人に対して演出しがちなもんだとは思いますが、
    それがウケることに気づくとどんどんその「かわいい女」を追求したくなっちゃったりもするものです。
    ときに「自分がどういうことが好きか」「どういう風にありたいか」てことを置いてけぼりにして。
    (だって人から評価されるのってわかりやすくて楽しいもんね。

    ゆるふわちゃん的な悲劇はそうやって築き上げた「かわいい女」を時限つきのものだと思わずに
    「自分の価値」だと思い込んだまま年を重ねちゃったことで生まれるんだと思います。

    すんごい頑固でオタクな美女の後輩ちゃん(29歳)がいるんですよ。
    そういうとこ全然見せずにニコニコ笑ってゆるふわなフリをして男の人を続々引っ掛け続けてるんだけど、
    ここ1、2年はつきあった後に「なんか一緒にいてもつまんない…」とフラれる率が高くなってきているのを見ている。
    「おお、それは「若くてかわいい」の魔法がとけつつあるのじゃよ」とこちらは見ていてドキドキしているのですが、
    本人はそんなこと知らぬ顔で「私が振ってやった」と毎回豪語するパターンだったりして。

    ほんとはそういうオタクっぽい趣味とか、自分の好きなことを曲げたくない頑固なこととか、もっと出せばいいのに、と思うんですよね。
    そしたらそういうところがかわいい、と思ってくれる人も絶対いるだろうしさ。
    でもそれを彼女は絶対男の人相手にはしないんだよね。それが自分の思う「かわいい女」とは違うから。

    別にそうやって「かわいい女」を演じることとか、「モテるうちに条件いい人見つけて結婚するもーん」みたいのを否定しているわけではなくて、
    全然いいと思うんですよ。それが自分がしたいことなら。実際そうやって幸せそうに生きてる友達もたくさんいますし。
    でも自分の心が違うところにあるのにそんなん求めても、あとで苦しくなるだけだよね。
    そしてその魔法は30までには完全にとけるからね。
    26くらいで気づいて28くらいで移動して、そんで30を迎えておくれよ、と思ったりする。

    個人的には単純にいくつになってもモテみたいな「人に委ねた価値観」で生きことがつらいのではないかな、と。
    道がどうあれ「どうやって生きていこう」を持ってる人のほうが断然楽そうだと思うよ。

    がんばれ女の子。楽しく生きていこうぜ!俺ら!とひっそり祈る今日この頃の私であります。

    スネ夫とラジコン

    • 2014.10.27 Monday
    • 01:06
    「スネ夫はラジコンを好きだったのかな」て話を週末にした。

    「新しいラジコンがあるんだ。遊びにおいでよ。」
    のラジコンはジャイアンに見せるためであり、みんなに羨ましがってもらうためのものであり。
    スネ夫がラジコンがほんとに好きなんだったらのび太にとっての射的のように一人でも没頭してたんじゃないかなあって。

    つまり「好き」と自称していることを本当に好きなわけではなくて、
    自分の理想の生活や社交のために「それを好きな自分を演出」している人のこと。
    それは「スネ夫にとってのラジコン」みたいなもんなんじゃないか、と。

    ちょいちょい槍玉に挙がる「そんな自分が好き♡」ならまだ幸せなのかも。

    料理に、女子会に、美容に、ファッションに、アウトドアに、旅行に、グルメに、アートに。
    やれどこに行った、誰と何をした。
    その事そのものでなく、「そういうイベントを行う事」に夢中になる人。「そんな自分を演出するのに一生懸命」な人。
    それって結局ゴールはないからどこまでいっても満たされない。女子力餓鬼道なんですよ。

    なんでだろ、それが好きかどうかってなんでか知らないけどわかるもんなんですよね。
    言葉の端々から、表情から、話しているときの熱量からさ。
    それがわからないほど間抜けな30余年をすごしていないわけで。
    そういう人と話してるときって「へ、へえー(まるで!何も感じない!お前の言葉からは!」みたくなっちゃう。

    自分が好きなことしている人が見ていて気持ちいいよね、て話なのかな。
    ふだんの生活圏とか趣味とかが違っても、好きな事に対する熱量がある人だと「ふんふんそうなんだ!おもしろいな!」て思える。
    いくらでも、自分が知らない世界の事を聞いていられるし広がっていける。

    ついでに言うと「自分のことを好いてくれているかどうか」てのもわかるもんですね。
    「自分の話を人にしたいだけ」とか「その人のスペックと仲良くしたいだけ」な人と会っててもなんも楽しくないもん。

    自分が好きで、自分のこと好きでいてくれて、素直に自分の好きなことを楽しんでいて。
    そんな人とまだまだ出会いたいし、今近くにいてくれる友達をいっそう大事にしようと思った週末なのでした。

    ハードルと諦念

    • 2014.10.15 Wednesday
    • 23:57
    週末、15歳の頃からうにゃうにゃガールズトークしている高校の同級生と相も変わらずよもやま話をしていた。

    昔とは違ってそんなにきゃぴきゃぴばっかもしておられず、仕事の話半分、家族の話半分、その他、て感じだけれども、
    ぽつりぽつりと色恋めいた最近の楽しいことやら愚痴やらをひとしきりこぼした後、こんな話題に。

    「でもいろいろ言うけどさあ、ほんと男の人に求めることってめちゃくちゃ減ったよね」

    「わかる。条件とかなんとか、年取ればとるほどいろんなことがどうでもよくなる。」

    「わかるわかる。もはやさ、仕事なんてなんでもいい。健康でいてくれたらいい、みたいな笑」

    「お母さんかよ笑 でもそんな感じ。ちゃんとエスコートしてくれる、とか、レディファーストかとか、どうでもいいよね」

    「どうでもいいどうでもいい。元気で生きててくれたらもうそれでいい」

    これ、こないだ年下の友達とご飯を食べたときに「どうして変わるんですか?」訊かれて自分でも疑問に思ってたんです。

    ときに、わがままで傲慢で身勝手で若い女子ゆえの不遜さみたいなものは非難されるけど
    私もどちらかというと25歳くらいまでそういう鼻持ちならない系女子だったんですよ。
    (わかりやすくいうとデートのときにはおごりじゃないとか信じられない!みたいな奴。
    だから若くてかわいい女の子のそういう言動聞いても苦々しくなんて思うことなんてない。
    むしろ若い頃は経験すればするほどハードルが上がっていくもんじゃないのかなー。)

    ただなんというか、そのへんの歳でスコーンと抜けたのそういうの。
    なんでもどうでもよくなった。わりと好きってだけでよくなった気がする。

    「なんで変わるんだろうねこういう価値観って。こないだも聞かれたんだけどさ。
    そんときは、いっぺんすごい好きな人とつきあってから変わったのかなあって思ったんだけどさ」

    「うーんそれもあるだろうけどさあ」

    「けど?」

    「一番はさ、人生経験だよね。なんか、生きてりゃいろいろあるなって思うし、なんでもなんとかできるなて思うから。
    なんとかなるな、じゃないよ。なんとかできるな、て感じ。」

    腑に落ちました。

    「何でも一人で出来るもんっ!!」なんて強がりではなくて、「どうにかするのが人生だ。」という諦念。開き直り。これです。
    仕事してればいろいろあるし、いろいろあっても自分でなんとかしなきゃいけないしってことでそれを学んだな、と。
    だからそこまで求めても仕方ないし。好きなことしててくれていい。楽しくいてくれれば。

    「元気があれば何でもできる!」は本当だったんだなあ、と実感する日々は続くよ。

    インテリをこじらせた女たち

    • 2014.10.12 Sunday
    • 04:15
    こんな記事を読みました。

    「文春」に“AV女優歴”を暴かれた元日経記者・鈴木涼美が緊急寄稿!
    http://lite-ra.com/2014/10/post-521.html

    正直最初に思ったのは
    「単体女優で21で1本80万って!それ底辺では!てかよくその金額でその決断を!そしてわざわざ「単体」て誇示する自己顕示欲!」
    ってことでぞわぞわしながら読み進めると最終的にAV女優についての著作を出演経験があることを隠して書いたことについて
    『「日経記者がAV女優」であることよりも「鈴木涼美がAV女優」であることのほうが余程大きな問題を孕んでいる、と私は思う。』
    と締められていておう。おおおう。。。てぞわぞわ致しました。
    (余談ですが『混ぜるな危険」的なものをあまり混ぜないリスクヘッジというのはあってしかるべきで』等のインテリっぽい表現にもニヤニヤした。
    なんでインテリプライドの高い人ってカタカナ言葉を文学的にこねくりまわしたような表現好きなんでしょう)

    「インテリなのに性産業に走ってしまう私」としてのねじれた自己顕示欲ってすごい。
    ついったでもそういう女子をお見受けしましたがなんつか、世間はお前のこと誰もそもそも気にしてねえよ、て誰かお知らせしてあげられなかったのか、と。

    察するに、たぶん若い頃本当はモテたかったのに、プライドが許さず、その頃はモテに走るような行為や女子をバカにしていたんだろうなあ。
    高校に行って大学に行って、いつかは自然とそういうモテる私になれるはずだったのにあれ、あれれ、となり、
    ひょんなことから女を売る産業に出くわしたときにちやほやされる私に気づいてしまう。(何ならモテと勘違いしたりする)
    こじらせた自意識を引っさげて「こんなインテリな私が身をやつしてしまう意義とは」みたいなわけのわからん理由で脱いだりもする。
    消費する方にはインテリかどうかなんてリップが赤かピンクかぐらいのささいな「飾り」なのに、そこに意味を見出してしまうんだよなあ。

    だいたいその「ちやほや」はそもそもモテではないんだよなあ。
    水商売にしても、風俗産業にしても、自分の「女」を金で提供している対価としてのちやほやを「モテ」と勘違いするなよなあ。。。

    そしてインテリをこじらせた女たちにありがちなのが、自分がモテない理由を「私は頭がいいから」てことにする奴。
    たしかに学生(特に高校生くらいまで)の頃は学校に属している以上そういう序列を気にする奴も多いのだと思うけどね、
    でもモテない女子ばかりだったかって言うと違うでしょ?モテる子はちゃんとモテてたでしょ??

    けっきょく女子のモテとして評価されるのは頭のよしあしや顔面の美醜ではなく「かわいらしさ」や「かわい気」(性格も含めて)なんですよね。
    モテないとしたらそれは単純に「女子としてのかわいらしさを表現できてない」だけなのに、それを「モテないのは私がインテリだからである」とするのがあかんのだ。

    つーか、社会人になってまでインテリな自分アピールしてくる女とかめんどくさいに決まっとるやんけ。そらモテねーよ。
    (社会人になってまで学歴を引きずってる奴は男女問わずだいたいコンプレックスあってクソ、という別問題もありますが)

    それは別に「女子はみんなかわいらしくあらねばならぬ」と言ってるわけじゃなくて、
    ただ、そうできないならそれを自覚して、そういう自分を好きになってくれそうなところを狙ってかないといつまでたってもミスマッチだよ、ということですね。
    たいがいどんな人でも「そういう女子を好きな人」てのは結構いるもんなのです。
    (自分が好きなタイプかどうかはさておき。そして自分が好きなタイプに好かれたいならそのままじゃ無理や、という場合もありますな)

    ブーメラン承知で申しますが、女子は素直でかわいいのが一番です。
    というわけで私は、井川遥かアリアナ=グランデになりたい。

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