I love you because..

  • 2017.01.30 Monday
  • 00:51

先週の恋愛SOSイベントでのお話の続き。

http://mo-chico.jugem.jp/?eid=132

 

クリスマスの約束が”23日の夜”だったり、旅行に行ってもなぜか翌日午前中でバイバイするというエピソードに

「それってもしかして、てゆーかかなり明白にあれ、、、?さっさと身元を洗うべきでは?」と思いながら誰かが話を変えるために訊いた。

 

「えーと、ユキちゃん(仮名)は彼氏のいったいどこが好きなの?ステキ肩書きとかは抜きにして」

 

ユキちゃん答えて曰く「えーそんなのわかんないです。はっきりしたもの以外に好きなところってそんなに言葉にできるものなんですか?」に一同「できるとも!」とキッパリ。

国籍入り乱れた参加者の答えが非常におもしろかったのでそれこそ言葉に残しておきます。

 

のっけからオランダ人のリューク(仮名)の答えが傑作で。

 

「My girl is so ambitious. She's very tough and strong. And I love that she persues her own interest in her own way.」

 

彼女の好きなとこ「すっごい野心的で!強くてタフで、自分のやりたいことを自分のやり方で突き詰めてるとこが大好き!!!」て答える人いるだろうか(反語

外人のこういうところっていいよね、と「強いよね」が揶揄の意味を含みがちな国において私は思う。

 

「I like that my boyfriend has high standard on everything. He always thinks what he can do to others to make a better world.」

 

て答えた帰国嬢もなかなか。

「物事に対して持ってる基準が高くてーいつも人に対して何ができるか、よりよい世界を作るために貢献できるかって考えてるところが好き!」て崇高すぎませんか!!!

 

かたや

 

「I like him because he is so curious that I can share all the things that happen in my world. From things like taste of fashion to politics, I feel like it opens our mind and doubled our world.」

 

「彼が何にでも興味を持ってくれて自分の生活で起こっていることをなんでもシェアできるのが好き。ファッションの趣味から政治のことまで、自分たちの価値観を広げてくれて、世界がに倍になったみたい」

 

とか

 

「I don't know... I just love his natural fragrance and his appearance 」

 

「なんかよくわかんないけど、彼の体臭と見た目がとにかく好きなだけだよ」

 

て言うアニマルちゃんもいて、「よっダイバーシティ!」てなりました。

 

しかしまあ見事に「社会的ステイタスに欲情できない人たち」の集まりなんだな我々。

そしてカップルの好きなところをシェアしてもらうのって、その人をまた違う角度で知るみたいで楽しい。

 

そして、好きなところがわかってて、それを相手に伝えるってことは大事だなってつくづく思った。

「あなたのこういうところが好き」て言われてるうちに、人って「そうなんだ!」て思って自然に"より"そうなっていくものだし、

なによりも「あなたが好き」て伝えることが二人の関係を作っていくことに寄与している気がしてなりませんme.

大人だって褒められたらうれしいし、自分だけを見ている瞳を感じれば幸せになるもんさ。

自分の恋愛感受性くらい

  • 2017.01.21 Saturday
  • 14:56

「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ

 

て言わずと知れた茨木のり子さんの有名な詩がありますが、そんなことを想った本日でした。

 

昨日おとといと、アラサー女子たちの「えーん色恋沙汰うまくいかないんですSOS」の会に参加していた。

パターンはお互い違うんだけど共通してるなーと奇しくも思ったのが、

「自分の好みやプライオリティがはっきりしてない」ことと「自己評価が微妙に低い」ことでして。

 

「もうやだ!私!結婚したい!」てゆーので

「ではお見合いしろ」と言うと「それはやだ!」てなり、

好みは「優しければなんでもいい」はずが突き詰めて訊いていったら

「生理的に好きな見た目(竹野内豊系)」の人と「愛し愛されてつきあいたい」がゴールだったりと、とにかく混乱の極み。

 

パートナーを選ぶときにステイタスのような社会的なことに欲情できる理性的なタイプか、

見た目やその他生理的なことにしか欲情できないタイプなのかくらいは30までにはっきりさせといてほしい。

 

だいたいどっちかに絶対プライオリティがあるし、どっちも、なんて人はほぼいないし、いたとしてもそれはラッキーなオマケだと思ったほうがいい。

 

え?うそ?わからない?考えたことない???やばくない??

そんなん自分はなんでその人が好きなのか、て考えたらわかるでしょ?わからない???嘘だろ!?!?!?

 

てなりましたイエスタデイ。

なんでなんだろ。女友達同士でゲスなくらい自分の恋愛を掘り下げるってみんなやってることかと思ってたわ。

 

そしてだいたいのうまくいってないパターン(とくに結婚において)って自分の生理的な好みを軽視して

"理性的に"相手を選んだつもりになってみたが、結局生理的な好みを封じ込められず「なんでこの人なんだっけ」てなるやつ。

つまり社会的ステイタスに欲情できないのに気づかず無理したパターンの人が多い気がする。

 

肩書き大好き女はそれはそれでうまくやってるもんなんですよ。

("パイロットしか好きじゃない"てANAのパイロットと結婚した元ビッチちゃんが一途に家庭を築いてたり、

"年収とステイタスがあれば見た目なんてどうでもいい"とブスな旦那に甘やかされて年に数回の無制限お買い物月間もらって幸せなキラキラ女子がいたり、する)

 

どっちに欲情できるかと好みのタイプによって、ある程度は落とし方やつきあい方の傾向と対策とるべきだし、

そのためにも自分の好みはわかっておくべきなんだよ!

 

そういう成功確率的な意味でも大事です。自分の好みの理解。

そして人生の幸福度って自己満足であるからして。自分の求めることが満たされてたらわりと幸せなもんだよ?

 

また自己評価についても、

一人はわりとエッジーな趣味を持ってるのに「彼氏にあうときは女子アナ風コスプレ」だと言うし、

一人は「誠実で真面目な人が好き」なのに「派手な巻き髪つけまつげを取るとスッピンに自信がないから嫌だ」と言う。

しかも二人とも「どんなにひどい扱いをされても一年くらいなら我慢できる」て。え!長いよ!一年!!!

 

傾向と対策の話にも関わるけど、そういう態度が果たして有効な相手なのかどうかにも関わるし、

聞いてる感じはその子のとってる態度と相手への有効性がちぐはぐなんじゃないかな、と思ってしまった。

 

ただ難しいのはこういう自己評価ってけっきょく恋愛での自信の積み重ねで、卵が先か、、になっちゃうんですよね。

happy & comfort 2017 :)

  • 2017.01.03 Tuesday
  • 02:35

はーーー帰ってきた帰ってきた。自宅最高一人暮らし最高。

実家から東京の自宅に帰ったらホッとしすぎて帰宅後5時間ほど爆睡してしまいました。

 

なんとなく覚えてるうちに、年末年頭の雑感など書いておこうかと。

 

2016年、個人的にはなかなかしんどい一年だった気がします。

 

自分の本意ではない状況に置かれた時に、そこから抜け出す方法がなかなかわからなくて、

変な正義感と理想が捨てきれなくって、自分がどういう感情を持っていいのかわかんなくて、

説明しようとすると"怒り"に近いような感情に振り回されることも多かった。

「置かれた場所で咲きなさい」なんて到底私にはむりむりむりむり。と思い知った一年間でした。
 

状況が変わったりなんだりで、おつきあいがなくなってしまう人がいたり、

その一方でこの年で新しくできた友達と自分の実家に一緒に帰るくらい仲良くなったり。

 

人には情を持って接する方ゆえ、苦しく思い悩むことも多々あったんだけど

でも思い返してみれば自分自身の決断に後悔はないし、同じことが巡ってきても同じ決断をするだろうと確信している。

だからしょうがないのです。(て魔法の言葉だね)

 

結果的には自分が動いたことでいろいろ状況が変わったのでよかった気もするんだけど、

この先もこういう状況になった時にまた同じ感じになるのはよくないよなあ、と。

「マチュアだね」と幸いにも言っていただくこともあるのですけど、まだまだだなあって省みるところもしきりでした。

 

2017年はそういう感情からできるだけ自由になりたいと思っています。

 

あまり考えすぎずにいろいろ動いて、楽しいことを紡いで、自分が心地よくいられるように。

自分は幸せの方向に向かっているってことを見失わず、自分が信じたことに邁進できるようになりたい。

他人に必要以上にかかずらうことなく、自分は自分の足で立って、そのことに満たされて精進したいものです。

 

今年もよろしくお願いいたします。

 

写真は去年の年始、わりかししんどかったときにnew year resolutionとして"happy and comfort"てタイトルをつけた絵。

いろんな色が絡み合って、でも絶対幸せの方向に向かってくねん、みたいな。

しんどいときにも幸せの方に向かっていくことを信じられる、そんな自分のタフさは嫌いじゃないです。

ようやくその麓にたどり着いたような2017年。このまま登ってみようと、そう思っている年初です。

 

May your days be sweet and bright.

みなさまにとってもよい一年になるようお祈りしております。

 

short trip off @ Hakata

  • 2016.12.12 Monday
  • 02:18

"年末までなにか鼻先にニンジンぶらさげないと今年を乗り切れそうにない"

 

というかわい子ちゃんのお誘いに、そうだそうだと乗っかっていたらなぜか実家に連れて帰ることになっておりました。

 

平日より早起きな朝9時の飛行機で一路福岡へ。

 

"食い倒れの旅"を所望されていたのでまずはお寿司から。

 

博多のお魚っておいしいんですよ。

海鮮(エビとかカニとか含む)というよりは"お魚"がおいしい。

よく両親と行くお店へ、飛行機遅延で昼時に当たってしまってちと並んだのではらぺこだた。

 

やま中

https://tabelog.com/fukuoka/A4001/A400101/40026334/


絵画のように美しいプレゼンテーションが好きです。

 

"ウニとイクラを食べるのに海苔は邪魔だ!"という発見はノーベル物理学賞ものだと思う。

 

何を食べても相変わらずおいしかった!けど最初に食べたときの感動は薄れたような気も。三十路は悲しい。

 

腹がくちたらこれまたリクエストの太宰府へ。

 

天神から西鉄電車でトコトコ40分弱行くのは私なんて高校生のときぶり!15年以上前か!

(福岡の高校生はたいてい受験の年に行くんですよ。うちのとこは遠足として学年みんなで行った記憶)

 

 

七五三の人たちがいっぱいいて楽しそうでよかった。

 

 

「ほんとになんもない普通の神社だよ」と念を押して向かってたのですが結構楽しんでいただけたようでなにより。

福岡の人には「我々には観光資源が何もない」と思いすぎてお客様に何もオススメできないという性がある気がしてきた。

 

   

 

紅葉がキレイでねえ。旬の物を旬のときに味わうって心が洗われることだと思ったことだよ(詠嘆

 

天神→キャナルシティまでバスに乗り、櫛田神社を通って山笠の概要をご説明し、メインイベントのもつ鍋へ。

 

もつ幸
https://tabelog.com/fukuoka/A4001/A400106/40000754/

 

お客さんが来るとついつい味が担保できる店に行ってしまう私。だっておいしいと思われたいじゃん。

こちらは2人だと予約ができないので、18時前後とか早い時間に行っちゃうのがオススメである。もしくは人数増やして予約しとくか。

 

 

もつ鍋、好きなんだけど東京で一度も「おいしい!」てなったことなくて、もはや東京で食べるのを諦めた料理。

「そんな地元贔屓の大げさな」て言われるんだけど、ほんとだからしかたないじゃーーん!となる博多っ子。

 

「わるかった。いままでわたしが食べてたものは"もつ鍋"じゃなかったらしい。もっと調子乗っていいよ博多っ子」

 

て言われるくらいおいしかった。もつのおいしさが違うの。脂っこくも重たくもないんですよね。不思議だけど。

ふるふるした透明感のある旨みが口の中いっぱいになる感じ、最高です。

どう考えても、もつの新鮮さと処理の問題だと思うのだけど、逆に東京でこのおいしさのもつが広まらない理由がわからない。

なんか特殊な利権とか存在するんかな、、、

 

 

「悪いけどちゃんぽんの〆はちゃんぽんが唯一絶対の正解だから。いまからそれに感服することになるから」

 

と予告してこれまた私の勝ち。もつのクセと旨みを受け止められるどっしりズルズルなちゃんぽん最高です。

 

 

もつ幸のはな、ちゃんぽんにすりごまかけてくれて食べるんだけど、この発明もノーベル物理学賞だよ。あーおいしかった。

 

翌日は何を食べてもらうかで散々悩んだんですが、

(私の世界で一番好きなパスタ屋さん行く?それとも呼子のイカ?でも寿司で生物はすでにクリアじゃない??)

季節的にもぴったりで、東京じゃなかなか食べれなそうな糸島の牡蠣小屋に向かうことに。

 

糸島の岐志漁港が有名だと、糸島出身の後輩に、下記注意点と一緒に伺った。

⚫︎炭火焼のところを選ぶこと(まれにガスのとこもある。岐志漁港は見たとこ全部炭火だったぽいけど)

⚫︎持ち込みOKのところを選ぶこと

⚫︎オススメの持ち込み食材は"バター" ”チーズ" "レモン"

(我々はプラスしてオリーブオイルとコンビニの塩むすびも持ち込んだ。よく考えたらビールとか持ってってもよかったね)

 

牡蠣のおいしさはどこも一緒と思うので、空いてるとこに並ぶがよろしい。

 

カキの徳栄丸

https://tabelog.com/fukuoka/A4009/A400901/40001646/

 

 

見てくださいこれが「牡蠣1キロ千円」という世界です。やーいやーい知らんだろ。

 

 

平たい方から焼いて、汁が出てきたらひっくり返して出来上がり。

 

こゆ感じで左手に軍手をはめて、ナイフで殻をはがしながら食べるのですが、

炭火で暑いからビールが進むわ、殻開けるのに四苦八苦だわで忙しく、もはや食事というよりエンターテイメントです。

裏手がもうすぐ漁港なのステキだ!イケメンの漁師さんたちが殻をわしゃわしゃ処理してらっしゃる。

 

帰りはこんな感じのオシャレカフェ乱立エリアでコーヒーを飲んで、

阪急の地下で「島本」の明太子をばっちりゲットして(空港に売ってないんだな)帰路に。

 

あまりお酒を召し上がらないお友達とだったので、夜遊びこそなかったものの、

東京人接待1泊2日コースとしてはかなりの満足度だったのではないかと。

 

2日でも十分リフレッシュできるし、知った土地(というか実家)なのであまり疲れないし、

なんならついでに親孝行もできたし(うちの親は私の友達と会うのが大好き)、

来年旅行を目論んでる友達との仲も深まったし!

 

short trip offとしてはニッコリ大満足の2日間でした:) また行こ。希望者募!

「食べて、祈って、恋をして」旅と欲望とジュリア様

  • 2016.11.27 Sunday
  • 20:43

映画に行こうか、クリーニングも受け取りに行かなきゃだし、郵便局にも行かなきゃ、と思っていた日曜日。

昼過ぎまでぐーぐー寝て窓を開けたら、雨が降ってることに全てのやる気を失いまして、
WOWOWオンデマンドでジュリア=ロバーツの「食べて祈って恋をして」をいまさら見てみた。

 

http://bd-dvd.sonypictures.jp/eat-pray-love/site/

 

女子ウケ狙いっぽいタイトルが気になっていままで見てなかったんですけど、特に大人になってからジュリア様が大好きなんだよね。

 

ただの"女優さん"ではない、生活感とか生命力みたいな人間味あふれる感じが年々魅力を増幅していく。

泣いてる顔がシワだらけになる感じ、手に生活感丸出しの血管が浮き出てる感じ、女優さんなんだけど、そこにちゃんと生きてる人に見える。

ジュリアが笑えば俺らも幸せ、みたいな気持ちになれる。いい女優であり、ステキな女性だよなあ。

 

さて、レビューってあげといてなんなんですが、映画の筋やらなんやらがそんなに特別すばらしいわけでもなかったのです笑

が!旅に出ることの本質と、ちょいちょい出てくるセリフのリアリティが出てていいなあって思ったので書いておきます。

(よー知らんかったがこれドキュメントをベースにした映画化なのね。そのへんの実感のこもり方はたいしたもんだ)

 

離婚して傷ついた主人公が、自分の人生を取り戻すためにイタリア、インド、バリ島を旅をする。

 

「こんなに苦労して築いた結婚生活なのに、まったく自分のものって気がしないの!情熱も欲望もなにもないの」

 

と、ニューヨークを後にする主人公ジュリア様。

結婚はしたことないけど、「これがほしいと思ってたどり着いたところがまったく楽しくない。自分がほしいのはこれだったの?」て気持ちはなんとなくわかる。

自分が何がしたかったのかわからなくなって「え!ずっとこのままここにいるの?」て絶望する感じ。

 

最初の行き先がイタリアはローマなのですが、食欲の扱われ方がまずよかった。

「昼何食べた?サラダ?私も。もう自分が何を食べたいか、食欲さえも私は忘れてしまった。そんなの嫌だ。自分をちゃんと取り戻したい」

なんてNYでほざいてたジュリア様、イタリアに着いた途端「炭水化物最高!」なんて明言吐きながらパスタからピザから食べる食べる。

 

さらにはイタリアに来て太ったことを気にする女友達にいいことを言うんだ。

 

「私も太ったよ。でもどっちにしたってこのピザは食べるじゃん。だったら罪悪感を持つことをやめよう?

ぶくぶくに太るのはやだけど、太ったら1サイズ大きなジーンズを買えばいいじゃない。おいしいピザ食べようよ」

 

これすごい真実だなーと思った。

 

別になんでも食べればいいってわけでもないけど、食べたこととか太ったことにその都度罪悪感を感じるのってつらい。

太ったらそれが嫌だったら痩せればいいだけだけど「食べた自分は太った私はダメな人間」て思うのがつらいし悲しいことだと思うのだ。

別に痩せてりゃいいってわけでもないし、ジーンズのサイズが上がったって楽しい方がいいじゃん。

という発想の転換をどんどん手に入れてくジュリア様。

 

ローマの人がジュリアに説く

 

「アメリカには娯楽 (entertainment)はあるけど、快楽(pleasure)がない。イタリア人はCMで煽られなくたってdolce far niente (何もしない喜び)を知ってる」

 

て言葉も個人的にとても印象的だった。ガッテンガッテン!

 

そこからインドに行き、バリ島に行き、自分がどうなっていきたいのかを人との関わりの中で考えて、

自分の欲望はなんなのか、ということを少しずつ取り戻していくジュリア様。

 

なんか旅の醍醐味って、いろんなところで自分との違いと同じところを感じる比較文化論みたいのが、

自分の視点のアングルを変えてくれて、またフレッシュな気持ちで生活をスタートできるところなんですよね。

 

旅はスイッチであり、リセットであり、リバースであり、ポーズであり。

旅に出ることは救いだなあ。旅が好きでよかったなあ、ってなんとなく自分の追憶をたどりながら見てた。


みんな人生が嫌になったら旅に出たらいいよ、てわりと本気で思っている。

来年はどこに行こうかなあ。

ダークサイドに堕ちること勿れ

  • 2016.11.23 Wednesday
  • 23:40

学生時代のバイト先の帰国子女Sと不定期ランチをしていた。

 

みんな同世代なのでいろんな変化が起こりすぎるほど起きていて、

一般的に見たらかなりギリギリな話も、いわゆる世間的な幸せとはちょっと外れたドラマも、

どんな話でも「うんうん。そうなんだ!それであなたはハッピーなの?」て穏やかに受け止めてくれる変わらない関係が好き。

 

(余談ですが本日のハイライトは「なぜ誰も商社マン的男子とつがわなかったのか」という命題に対しての

「家庭に入る/養われるという価値観に"馴染み"がない"から」という答えでした。

"I don't know why but it just doesn't feel right!" とのことで、その表現に爆笑した)

 

ひとしきり自分たちのupdateを済ませたあと、侃々諤々と三十路時事問題について。

前回私が持ち出した"三十路前後でダークサイドに堕ちる女子多すぎ問題"についてナツキちゃん(仮名)がもちょっと話したいという。

 

「なんか"ダークサイドに堕ちる"て言い方がぴったりだと思って。『え!こんな人だっけ?』てコロコロ坂道を転がるように道が分かれて疎遠になってしまうのあれなんで」

 

聞けば元々プライベートでの友達だった彼女と仕事で関わる(それも彼女が上司として)になったとたんみるみる関係が悪くなり、

「これはpersonal relationshipとは別問題だと思って欲しいんだけど」と仕事の上での指摘をしたらバックれてそれっきり(周囲からも姿を消した)案件があったそうで。

 

一つみんなで話したのは、自分の周囲にフォーカスを合わせすぎていっぱいいっぱいになってるのかもねえ、ということ。

(聞けば意外とその問題の根本以外の、その子のプライベートで問題を抱えていて、、というパターンも多い)

 

女の子のほうがどうしても自分の周囲からの影響を受けやすくって、それを否定するわけではまったくないんだけど、

そこで問題が起こるとどうしてもそこに頭がとられて、そうじゃない世界もあるってことを忘れがちである。

でもやっぱりいろんな世界があって、いろんな人がいて、いろんな考え方があるって覚えてたほうが人生は楽だと思うのだ。

 

あとはあれかなあ。

「あなたと私の間に問題があってそれを指摘しても、それはあなた自身を否定しているわけじゃない」

てことがなかなか伝わりにくいんだよね。どうしても個人攻撃だと思ってしまう女の子が多いのかも。

 

(どうしてだろ?個人的にはそういう子は「言わなくても察してよ!」派閥なことに由来している気がする…

自分があまり言わないから、人に何か言われると"ものすごい侮辱を受けた"て思ってしまいがちなのかな)

 

むしろ、これからも仲良くしたいと思ってるから言ってるのだけど、難しいものだ。

我慢って続かないし、嫌なことを我慢してまで続けたい人間関係なんてもうこの歳になるとなかなかないのだよ。

 

兆候としては自分の話しかしなくなったら要注意だなって気がする。人の話を聞けるのも、ある種の余裕。

近況updateをしたときに自分の話をひとしきりして「あなたは?」て聞けない人は相当いっぱいいっぱいだから、

こっちがもっと余裕があるのならば、察して動いてあげるのも一考かもしれぬ。

 

「人の言うことには素直に耳を傾けよう。言ってくれるってことはその人はすでに何かを割いてくれている。

そしてほんとにやばいと思ったら言葉を選ばず正直に言ってよね」

 

と確認し合う三十路女子友達たち、「よいお年を」の代わりに「May the force be with you (フォースと共にあれ!」と別れました。

 

ちなみに「ほんとにやばいと思ったときのI QUIT ワード(プロレスの I QUITマッチ由来)」も友達に伝えている私。

大事な友達をちゃんと大事にして、お互いのいろんな波を乗り越えながらこれからも仲よくしていきたいなと思っている三十路中盤戦です。

心の処し方

  • 2016.11.21 Monday
  • 03:20

好きなライターさんが亡くなった。

それを知ったのと、風邪を引いて寝込んでいる、というシチュエーションが重なったこともあって、

ここ数日ベッドの中で言葉にならないようなことをぐるぐるぐるぐる考えてしまった。

 

「繊細だねえ」なんて今言われても嫌味にしか思えない程度には心がささくれていて、

(そうさ別にただの一読者なのだし、悲しむのに足るほど、そこまで熱烈なファンだったかと言われるとそうでもないしょうよ)

ただ大声をあげて泣きたい、とかでもないし、なんだろなこれは、というのが正直な感情だ。

 

もちろん勝手に同時代を同じ気概で生きていくつもりだった身からすれば、淋しいなあとは思うし、

単純にあの美しくてやさしい文章を新しく目にすることがないのは、残念だなあという気持ちなのだが、
もし生きていることがつらいことだったのであれば、どこかではよかったのかもしれないね、とも思うので、それ自体はもういいのだ。

そもそもわたしがどうこう言う話でもない。

 

ずっと、自分が何を考えているのかがよくわからなかった。

何かを考えたくて、みんなが何を考えてるのか知りたくて、検索して、いろんな人のいろんな感情に触れてみたりした。

それでもやっぱりわからなくて、そわそわしながらこんな時間まで眠れなかったりするわけですが、

今日なんとなくようやくその片鱗が見えたような気がして。

 

なんというか、人は誰に対してでも、どういう関係の人でも、自分の心の中での置きどころというか処し方があると思うのだ。

 

たとえば自分の側の人なのか、関係ないサイドの人なのか、好きなのか、嫌いなのか、憧れなのか、認められないのか、近いのか、遠いのか。

 

そういう四方八方あるいは立体的に「この人は自分にとってこういう人である」というのを"理解"してるみたいなところ、

そしてその"自分の中にあるその人”と一緒に日常を生きているみたいなところ。

 

ときどき引っ張り出して会ってみたり、関係が伸び縮みするように変わっていったりはするんだけど

「この人がいてくれる」ていう安心感で、会ってない時も平気みたいな奴。

 

それが突然なくなる時。突然、誰かがいなくなるとき。

 

そういうときに動揺するのは自然なことなのだと思った。

当人との関係が近かった、遠かったとかというだけではなく。

(もちろん近い人の悲しみは想像だにできないのだけど、比べるような話でもない。

”そんなに近しい関係でもないなら自分なんかに悲しむ資格があるのか”みたいなことをうじうじ考える必要もない)

 

「いなくなってしまったけど、ステキな人がいて、その人が刻んでくれたことと、今度は生きていく」

 

みたいに心の処し方を整える必要がある。それには時間も力もかかる。
 

なんかまったくうまく言えないんですけど、それが私が考えたことでした。

(あと会える人には会いたいし、かわいい人にはかわいいって、好きな人には好きって言おう。いつだって言おう。)

伝わることはその先

  • 2016.11.15 Tuesday
  • 00:04

古い友達と遊んでいた。

 

学生時代の友達で元石油ディーラー現北欧家具のバイヤーというキラキラした肩書きをものともしない、

ざっくばらんになんでも話せて、道なき道を行っているときでも客観性を失わず、

いつでも人の気持ちに寄り添ってくれる、人呼んで"練馬の外人"(酔っ払うと英語でしか喋れなくなるから)ことマキちゃん(仮名)。

 

そもそも彼女は"女友達"が多いタイプではないのだけど、それでもこの年になると感じる他人とのつきあい方の変化について。

(余談ですが"結果として女友達が多いわけじゃないタイプ"の女子とは仲良くできるんだよな。「私ぃ男友達ばっかりで女の子に嫉妬されるからいないんだよねえ」みたいなタイプが苦手)

 

常日頃感じてることですが、女の子って良くも悪くも環境に左右されてフォーカスを変えていくから、

久しぶりに会うと「あれ?」て思うことも少なくない少なくない。

そしてその感覚のズレの大多数って「言わなくてもわかってくれるはず」な意識を持たれてることにあるんじゃなかろうか、と。

 

「確率論だし別に人を切り分けたいってわけじゃないんだけどさ」

 

と彼女が話し出した内容が印象的だった。

 

「外国に住んでみて後天的に外国語を学習したことのある人てさ、『自分の想いが通じることのありがたさ』みたいのをみんな実感してるじゃん?

"言ってみなきゃわからないし、そもそも伝わるかどうかは言葉に出したその先にある"みたいな。

そんでもし伝わったら、それは当然のことではないから”ありがとう”て感謝するし。

ずっと日本にいて、それ以外の可能性が頭から抜けちゃってる人って"伝わって当たり前"とか"なんでわかってくれないの?"てなりがちな気がする。

そりゃわかんないよ。だって言ってないじゃん笑 ていつも思うんだよねえ」

 

相手が自分と同じところに立っていないなら(というか誰も同じところに立ってなどいないのですが)

声をかけて振り向いてもらって、わかってもらえるように、伝わるように、自分が心を砕くべきだよね、という真っ当なお話。

 

そんでもってお互い「あーやばいなコイツ。別世界に行きかけてるなー」てなったら引き戻すキーワードを決めといたほうがいいよね、と。

もうね、そんな暇もなくお逝きになってしまう人が本当に多いのですよ。や、幸せならいいんだ。幸せなら。

でも念のために「友達やめるよ?」は究極の I quit wordとしてお互いの胸に刻み込んだ週末でした。

欲しかったのは自分の人生

  • 2016.11.05 Saturday
  • 02:02

おもしろい記事を拝見しました。

 

「働きマン」を読んで育ったアラサーがいきなり「タラレバ娘」を突きつけられても困るっていう話。

アラサーの半径5m その3|note(ノート)

https://twitter.com/eu_calyptus2/status/793795434577661952

 

あーーーそうそう!これこれ!わかるわかる!!てなった。

 

お勉強もがんばれ、女子も自立して生きていけるような仕事を持てって煽られて、

その中で自然にそこを選んでやってきて、10年たったら突然はしごはずされる感じ。

「勉強も仕事もがんばった上で女子力高めでキラキラ輝くのが唯一のゴール」とか無理ゲーすぎませんか、と。

 

私の場合わりと小学生の頃から「一生できる仕事を持て」と育てられたので

半ば刷り込みのように「自分が多少なりとも好きで、一生一人で食っていけるくらいの仕事を見つけなければいけない」てずーと思ってきた。

親のせいとかは思わないし、結果的にはよいことだったとは思うのだけど、

30前後になったときの「次は結婚だね!」的なオーラには閉口したもんです。

(結局好きなようにしかやってないし、親のプレッシャーの嵐も一通り過ぎ去って、さてどうしようかというフェーズなのでもうだいぶ気楽だけど、まじめな人はつらいだろうな〜と。

 

で、なんでこの道に行ったんだっけ?て思い出してた。

 

学生の頃フランスに遊学しておりまして、大学卒業時に「フランスに行って結婚するか、日本で就職するか」みたいな二択を迫られたのですが、

どうしてもどうしてもどうしても、社会人経験のないまま誰かと人生を共にするって決断ができなかった私。

その根底にあったのはなんというか

 

「自分で歩ける人生がほしい。自分で立ってからどっちに行くか決めたい」

 

みたいな、まさに親から刷り込まれたかもしれない(笑)強い自立心だったのです。

人に寄り添うのではなく、先に自分の人生が欲しい。その上でしか人との生活なんて考えられない、て強く思った。

 

そのときはそれがエゴのように感じられてすごく落ち込んだりもしたけど、

なんというかもう、そういう性質の人間だったんだな、て今となっては諦めたりもできるから人生不思議なものです。

 

そういう風に、人の性質や人生なんて千差万別十人十色なのだから

社会が個人の生き方や趣味に口出しして「これしかダメ!これしか幸せじゃない!」みたいのがおかしいのだよ。

老若男女問わず、そういうのがなくなったら、同じ状況でももちょっと生きやすくなるんじゃないかなあ。

 

もっといろんな人生があっていいし、もっと人生楽しくあるべきなんだよな。

 

かわいくてもかわいくなくても、お金持っててもそこそこでも、家族がいてもいなくても。

"自分は自分の人生で楽しいわ"てみんなが思えるような世の中になってほしい、と願う秋の夜更けでした。

弱音と甘えた

  • 2016.10.24 Monday
  • 00:55

昨日は気の合う人たちとご飯を食べて好きなように喋り倒すという恒例の楽しい宴だった。

 

話題の一つで(disではなくて)"人として自律神経がタフか繊細か"みたいなことが出て

「どっちかでわけたら餅子はタフな方」と言われ自分では意外というか「へーー」って印象に残った。

"タフです!"て意識はないし、どちらかというとしょうもないことをクヨクヨと考えるほうだから、

自分がイメージする”タフです!”な人たちってそもそもそういうこと考えなかったり「ま、しょうがないか!」て切り替えれるイメージだしね。

 

もう一つの"タフです!"の条件としてあがった

「食欲、睡眠欲、性欲など諸々の欲がトータル10をそれぞれに振り分けてるってよりは、全部同じ調子で高い」

というのは、うーんたしかにそうかも、とも思ったが。

対他人の欲(他人よりもモテたいとかいい人生送りたいとか)は少ないかもしれないけど、対自分の欲求はわりと高いほうではある。

たぶん。

 

閑話休題。

 

10月の頭に異動しまして、慣れない環境に慣れない仕事に追われる日々を忙しく過ごしております。

先日出張の際、会議の合間合間にいろんな方と雑談をしていて「性格って兄弟構成に影響されるよね」て話になりまして。

「上の子よりも下の子のほうが要領が良くて甘え上手なんだよね〜」と。

 

「餅子さんは?上?下?」

「私は兄が一人います」

「末っ子っぽいって自分で思う?」

「んー甘え上手かどうかはわかんないですけど周りの人には"末っ子気質だよねえ"て言われますねえ」

「えーーー超!意外!!しっかりしてるのになー」

「長く知ったら甘えてくるのかな笑」

 

などと笑われたりした。

しっかりしてることと末っ子気質って両立するような気もするんだけどなー。うまく言えないなー、と。

 

そんで今日。昨日はジムに行ってお出かけしてとアクティブな一日だったので、

今日はのんびりゆっくりしようと思っていたら思った以上に「食べてテレビ見て寝てるだけ」になったことに夕方凹んでおった。

そんなときは「今日何してたの?」て無邪気に聞かれただけで勝手に神経が逆撫でされる。

 

「何もしてないし何もできなかったし洗濯してたたんで寝てただけ」

 

 

フテ子にもほどがある返事である。

 

 

「いいねえ。家のことできるの気持ちいいよね」

 

「や、ほんとはもっとちゃんとしたかったけど全部片づけられなくて凹んだ」

 

「いいのいいの。おつかれさま。」

 

 

これですよ!私が末っ子気質と自称する所以!

この弱音吐きっぷり!!そして甘やかしてくれる人を愛して周りに配する気質!!!

 

昔から「家族にしろ友達にしろ甘やかされすぎてる」て言われてたんだけどまさにそれ。

(そして恋人に家族レベルの甘やかしを求めるからなかなかうまくいかない、、ってこれはまた別の話

 

ようするに、精神自体がタフで動じないってわけじゃないんだけど、

なんかあったらこうやって弱音を吐いて甘えることで、盲腸をちらすみたいに、本格的にポッキリいくのをちらしてるんだろうな、と。

そんでそういうことの積み重ねで

 

「ダメになっても甘やかしてもらえる。そしたらまたがんばれる。なんとかなる。」

 

みたいな感覚がどっかにある。

 

結局やり方はどうあれ、そういうちっちゃな経験を積み重ねて「なんとかなる」て思えることが自分の自信になるのだし、

そうやってなんとか自分でやっていくのが「生きていく」ってことだからさ。

 

それをタフって人に認めてもらえることはなんてうれしいんでしょう。

自分も誰かのそういう人になりたいなあーと思ったり思わなかったり。

 

明日は月曜日。ちょっと憂鬱だけど、また一週間がんばりませう:)

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