ダークサイドに堕ちること勿れ

  • 2016.11.23 Wednesday
  • 23:40

学生時代のバイト先の帰国子女Sと不定期ランチをしていた。

 

みんな同世代なのでいろんな変化が起こりすぎるほど起きていて、

一般的に見たらかなりギリギリな話も、いわゆる世間的な幸せとはちょっと外れたドラマも、

どんな話でも「うんうん。そうなんだ!それであなたはハッピーなの?」て穏やかに受け止めてくれる変わらない関係が好き。

 

(余談ですが本日のハイライトは「なぜ誰も商社マン的男子とつがわなかったのか」という命題に対しての

「家庭に入る/養われるという価値観に"馴染み"がない"から」という答えでした。

"I don't know why but it just doesn't feel right!" とのことで、その表現に爆笑した)

 

ひとしきり自分たちのupdateを済ませたあと、侃々諤々と三十路時事問題について。

前回私が持ち出した"三十路前後でダークサイドに堕ちる女子多すぎ問題"についてナツキちゃん(仮名)がもちょっと話したいという。

 

「なんか"ダークサイドに堕ちる"て言い方がぴったりだと思って。『え!こんな人だっけ?』てコロコロ坂道を転がるように道が分かれて疎遠になってしまうのあれなんで」

 

聞けば元々プライベートでの友達だった彼女と仕事で関わる(それも彼女が上司として)になったとたんみるみる関係が悪くなり、

「これはpersonal relationshipとは別問題だと思って欲しいんだけど」と仕事の上での指摘をしたらバックれてそれっきり(周囲からも姿を消した)案件があったそうで。

 

一つみんなで話したのは、自分の周囲にフォーカスを合わせすぎていっぱいいっぱいになってるのかもねえ、ということ。

(聞けば意外とその問題の根本以外の、その子のプライベートで問題を抱えていて、、というパターンも多い)

 

女の子のほうがどうしても自分の周囲からの影響を受けやすくって、それを否定するわけではまったくないんだけど、

そこで問題が起こるとどうしてもそこに頭がとられて、そうじゃない世界もあるってことを忘れがちである。

でもやっぱりいろんな世界があって、いろんな人がいて、いろんな考え方があるって覚えてたほうが人生は楽だと思うのだ。

 

あとはあれかなあ。

「あなたと私の間に問題があってそれを指摘しても、それはあなた自身を否定しているわけじゃない」

てことがなかなか伝わりにくいんだよね。どうしても個人攻撃だと思ってしまう女の子が多いのかも。

 

(どうしてだろ?個人的にはそういう子は「言わなくても察してよ!」派閥なことに由来している気がする…

自分があまり言わないから、人に何か言われると"ものすごい侮辱を受けた"て思ってしまいがちなのかな)

 

むしろ、これからも仲良くしたいと思ってるから言ってるのだけど、難しいものだ。

我慢って続かないし、嫌なことを我慢してまで続けたい人間関係なんてもうこの歳になるとなかなかないのだよ。

 

兆候としては自分の話しかしなくなったら要注意だなって気がする。人の話を聞けるのも、ある種の余裕。

近況updateをしたときに自分の話をひとしきりして「あなたは?」て聞けない人は相当いっぱいいっぱいだから、

こっちがもっと余裕があるのならば、察して動いてあげるのも一考かもしれぬ。

 

「人の言うことには素直に耳を傾けよう。言ってくれるってことはその人はすでに何かを割いてくれている。

そしてほんとにやばいと思ったら言葉を選ばず正直に言ってよね」

 

と確認し合う三十路女子友達たち、「よいお年を」の代わりに「May the force be with you (フォースと共にあれ!」と別れました。

 

ちなみに「ほんとにやばいと思ったときのI QUIT ワード(プロレスの I QUITマッチ由来)」も友達に伝えている私。

大事な友達をちゃんと大事にして、お互いのいろんな波を乗り越えながらこれからも仲よくしていきたいなと思っている三十路中盤戦です。

心の処し方

  • 2016.11.21 Monday
  • 03:20

好きなライターさんが亡くなった。

それを知ったのと、風邪を引いて寝込んでいる、というシチュエーションが重なったこともあって、

ここ数日ベッドの中で言葉にならないようなことをぐるぐるぐるぐる考えてしまった。

 

「繊細だねえ」なんて今言われても嫌味にしか思えない程度には心がささくれていて、

(そうさ別にただの一読者なのだし、悲しむのに足るほど、そこまで熱烈なファンだったかと言われるとそうでもないしょうよ)

ただ大声をあげて泣きたい、とかでもないし、なんだろなこれは、というのが正直な感情だ。

 

もちろん勝手に同時代を同じ気概で生きていくつもりだった身からすれば、淋しいなあとは思うし、

単純にあの美しくてやさしい文章を新しく目にすることがないのは、残念だなあという気持ちなのだが、
もし生きていることがつらいことだったのであれば、どこかではよかったのかもしれないね、とも思うので、それ自体はもういいのだ。

そもそもわたしがどうこう言う話でもない。

 

ずっと、自分が何を考えているのかがよくわからなかった。

何かを考えたくて、みんなが何を考えてるのか知りたくて、検索して、いろんな人のいろんな感情に触れてみたりした。

それでもやっぱりわからなくて、そわそわしながらこんな時間まで眠れなかったりするわけですが、

今日なんとなくようやくその片鱗が見えたような気がして。

 

なんというか、人は誰に対してでも、どういう関係の人でも、自分の心の中での置きどころというか処し方があると思うのだ。

 

たとえば自分の側の人なのか、関係ないサイドの人なのか、好きなのか、嫌いなのか、憧れなのか、認められないのか、近いのか、遠いのか。

 

そういう四方八方あるいは立体的に「この人は自分にとってこういう人である」というのを"理解"してるみたいなところ、

そしてその"自分の中にあるその人”と一緒に日常を生きているみたいなところ。

 

ときどき引っ張り出して会ってみたり、関係が伸び縮みするように変わっていったりはするんだけど

「この人がいてくれる」ていう安心感で、会ってない時も平気みたいな奴。

 

それが突然なくなる時。突然、誰かがいなくなるとき。

 

そういうときに動揺するのは自然なことなのだと思った。

当人との関係が近かった、遠かったとかというだけではなく。

(もちろん近い人の悲しみは想像だにできないのだけど、比べるような話でもない。

”そんなに近しい関係でもないなら自分なんかに悲しむ資格があるのか”みたいなことをうじうじ考える必要もない)

 

「いなくなってしまったけど、ステキな人がいて、その人が刻んでくれたことと、今度は生きていく」

 

みたいに心の処し方を整える必要がある。それには時間も力もかかる。
 

なんかまったくうまく言えないんですけど、それが私が考えたことでした。

(あと会える人には会いたいし、かわいい人にはかわいいって、好きな人には好きって言おう。いつだって言おう。)

伝わることはその先

  • 2016.11.15 Tuesday
  • 00:04

古い友達と遊んでいた。

 

学生時代の友達で元石油ディーラー現北欧家具のバイヤーというキラキラした肩書きをものともしない、

ざっくばらんになんでも話せて、道なき道を行っているときでも客観性を失わず、

いつでも人の気持ちに寄り添ってくれる、人呼んで"練馬の外人"(酔っ払うと英語でしか喋れなくなるから)ことマキちゃん(仮名)。

 

そもそも彼女は"女友達"が多いタイプではないのだけど、それでもこの年になると感じる他人とのつきあい方の変化について。

(余談ですが"結果として女友達が多いわけじゃないタイプ"の女子とは仲良くできるんだよな。「私ぃ男友達ばっかりで女の子に嫉妬されるからいないんだよねえ」みたいなタイプが苦手)

 

常日頃感じてることですが、女の子って良くも悪くも環境に左右されてフォーカスを変えていくから、

久しぶりに会うと「あれ?」て思うことも少なくない少なくない。

そしてその感覚のズレの大多数って「言わなくてもわかってくれるはず」な意識を持たれてることにあるんじゃなかろうか、と。

 

「確率論だし別に人を切り分けたいってわけじゃないんだけどさ」

 

と彼女が話し出した内容が印象的だった。

 

「外国に住んでみて後天的に外国語を学習したことのある人てさ、『自分の想いが通じることのありがたさ』みたいのをみんな実感してるじゃん?

"言ってみなきゃわからないし、そもそも伝わるかどうかは言葉に出したその先にある"みたいな。

そんでもし伝わったら、それは当然のことではないから”ありがとう”て感謝するし。

ずっと日本にいて、それ以外の可能性が頭から抜けちゃってる人って"伝わって当たり前"とか"なんでわかってくれないの?"てなりがちな気がする。

そりゃわかんないよ。だって言ってないじゃん笑 ていつも思うんだよねえ」

 

相手が自分と同じところに立っていないなら(というか誰も同じところに立ってなどいないのですが)

声をかけて振り向いてもらって、わかってもらえるように、伝わるように、自分が心を砕くべきだよね、という真っ当なお話。

 

そんでもってお互い「あーやばいなコイツ。別世界に行きかけてるなー」てなったら引き戻すキーワードを決めといたほうがいいよね、と。

もうね、そんな暇もなくお逝きになってしまう人が本当に多いのですよ。や、幸せならいいんだ。幸せなら。

でも念のために「友達やめるよ?」は究極の I quit wordとしてお互いの胸に刻み込んだ週末でした。

欲しかったのは自分の人生

  • 2016.11.05 Saturday
  • 02:02

おもしろい記事を拝見しました。

 

「働きマン」を読んで育ったアラサーがいきなり「タラレバ娘」を突きつけられても困るっていう話。

アラサーの半径5m その3|note(ノート)

https://twitter.com/eu_calyptus2/status/793795434577661952

 

あーーーそうそう!これこれ!わかるわかる!!てなった。

 

お勉強もがんばれ、女子も自立して生きていけるような仕事を持てって煽られて、

その中で自然にそこを選んでやってきて、10年たったら突然はしごはずされる感じ。

「勉強も仕事もがんばった上で女子力高めでキラキラ輝くのが唯一のゴール」とか無理ゲーすぎませんか、と。

 

私の場合わりと小学生の頃から「一生できる仕事を持て」と育てられたので

半ば刷り込みのように「自分が多少なりとも好きで、一生一人で食っていけるくらいの仕事を見つけなければいけない」てずーと思ってきた。

親のせいとかは思わないし、結果的にはよいことだったとは思うのだけど、

30前後になったときの「次は結婚だね!」的なオーラには閉口したもんです。

(結局好きなようにしかやってないし、親のプレッシャーの嵐も一通り過ぎ去って、さてどうしようかというフェーズなのでもうだいぶ気楽だけど、まじめな人はつらいだろうな〜と。

 

で、なんでこの道に行ったんだっけ?て思い出してた。

 

学生の頃フランスに遊学しておりまして、大学卒業時に「フランスに行って結婚するか、日本で就職するか」みたいな二択を迫られたのですが、

どうしてもどうしてもどうしても、社会人経験のないまま誰かと人生を共にするって決断ができなかった私。

その根底にあったのはなんというか

 

「自分で歩ける人生がほしい。自分で立ってからどっちに行くか決めたい」

 

みたいな、まさに親から刷り込まれたかもしれない(笑)強い自立心だったのです。

人に寄り添うのではなく、先に自分の人生が欲しい。その上でしか人との生活なんて考えられない、て強く思った。

 

そのときはそれがエゴのように感じられてすごく落ち込んだりもしたけど、

なんというかもう、そういう性質の人間だったんだな、て今となっては諦めたりもできるから人生不思議なものです。

 

そういう風に、人の性質や人生なんて千差万別十人十色なのだから

社会が個人の生き方や趣味に口出しして「これしかダメ!これしか幸せじゃない!」みたいのがおかしいのだよ。

老若男女問わず、そういうのがなくなったら、同じ状況でももちょっと生きやすくなるんじゃないかなあ。

 

もっといろんな人生があっていいし、もっと人生楽しくあるべきなんだよな。

 

かわいくてもかわいくなくても、お金持っててもそこそこでも、家族がいてもいなくても。

"自分は自分の人生で楽しいわ"てみんなが思えるような世の中になってほしい、と願う秋の夜更けでした。

弱音と甘えた

  • 2016.10.24 Monday
  • 00:55

昨日は気の合う人たちとご飯を食べて好きなように喋り倒すという恒例の楽しい宴だった。

 

話題の一つで(disではなくて)"人として自律神経がタフか繊細か"みたいなことが出て

「どっちかでわけたら餅子はタフな方」と言われ自分では意外というか「へーー」って印象に残った。

"タフです!"て意識はないし、どちらかというとしょうもないことをクヨクヨと考えるほうだから、

自分がイメージする”タフです!”な人たちってそもそもそういうこと考えなかったり「ま、しょうがないか!」て切り替えれるイメージだしね。

 

もう一つの"タフです!"の条件としてあがった

「食欲、睡眠欲、性欲など諸々の欲がトータル10をそれぞれに振り分けてるってよりは、全部同じ調子で高い」

というのは、うーんたしかにそうかも、とも思ったが。

対他人の欲(他人よりもモテたいとかいい人生送りたいとか)は少ないかもしれないけど、対自分の欲求はわりと高いほうではある。

たぶん。

 

閑話休題。

 

10月の頭に異動しまして、慣れない環境に慣れない仕事に追われる日々を忙しく過ごしております。

先日出張の際、会議の合間合間にいろんな方と雑談をしていて「性格って兄弟構成に影響されるよね」て話になりまして。

「上の子よりも下の子のほうが要領が良くて甘え上手なんだよね〜」と。

 

「餅子さんは?上?下?」

「私は兄が一人います」

「末っ子っぽいって自分で思う?」

「んー甘え上手かどうかはわかんないですけど周りの人には"末っ子気質だよねえ"て言われますねえ」

「えーーー超!意外!!しっかりしてるのになー」

「長く知ったら甘えてくるのかな笑」

 

などと笑われたりした。

しっかりしてることと末っ子気質って両立するような気もするんだけどなー。うまく言えないなー、と。

 

そんで今日。昨日はジムに行ってお出かけしてとアクティブな一日だったので、

今日はのんびりゆっくりしようと思っていたら思った以上に「食べてテレビ見て寝てるだけ」になったことに夕方凹んでおった。

そんなときは「今日何してたの?」て無邪気に聞かれただけで勝手に神経が逆撫でされる。

 

「何もしてないし何もできなかったし洗濯してたたんで寝てただけ」

 

 

フテ子にもほどがある返事である。

 

 

「いいねえ。家のことできるの気持ちいいよね」

 

「や、ほんとはもっとちゃんとしたかったけど全部片づけられなくて凹んだ」

 

「いいのいいの。おつかれさま。」

 

 

これですよ!私が末っ子気質と自称する所以!

この弱音吐きっぷり!!そして甘やかしてくれる人を愛して周りに配する気質!!!

 

昔から「家族にしろ友達にしろ甘やかされすぎてる」て言われてたんだけどまさにそれ。

(そして恋人に家族レベルの甘やかしを求めるからなかなかうまくいかない、、ってこれはまた別の話

 

ようするに、精神自体がタフで動じないってわけじゃないんだけど、

なんかあったらこうやって弱音を吐いて甘えることで、盲腸をちらすみたいに、本格的にポッキリいくのをちらしてるんだろうな、と。

そんでそういうことの積み重ねで

 

「ダメになっても甘やかしてもらえる。そしたらまたがんばれる。なんとかなる。」

 

みたいな感覚がどっかにある。

 

結局やり方はどうあれ、そういうちっちゃな経験を積み重ねて「なんとかなる」て思えることが自分の自信になるのだし、

そうやってなんとか自分でやっていくのが「生きていく」ってことだからさ。

 

それをタフって人に認めてもらえることはなんてうれしいんでしょう。

自分も誰かのそういう人になりたいなあーと思ったり思わなかったり。

 

明日は月曜日。ちょっと憂鬱だけど、また一週間がんばりませう:)

MIU MIU WOMEN'S TALES #12"THAT ONE DAY"

  • 2016.09.19 Monday
  • 12:42

MIUMIUのブランドストーリーテリングビデオのシリーズ、恥ずかしながら見たことなかったのですが、Women's tale = 女の物語。

たまたま流れてきた#12の"That one day"の思春期編がすばらしく、ネームがまた好みどストライクだったので備忘録的に。

 

 

仲間のいないスケボー少女の女の子Rachelleが主人公のショートムービー。

 

冒頭のシーンで母親に車で送ってもらうのに

 

「ここでいい」「ゲートのところまで送っていこうか?」「ここでいいって言ってるじゃん!」

 

などというやりとりがすでに思春期っぽいw

 

音楽もスタイリングももちろんすばらしいのですが、なによりもその思春期の「女の子感」が現れた描写が秀逸すぎてぐっと引き込まれてしまった。

女の子としての虚勢とか、素直になれない感じとか、男の子に負けたくないって気持ちとか、思春期ならではの心細さとか、キラキラ輝く感じとか。

 

そして後半のスケボー仲間になった女の子同士で話すところのスクリプトがすばらしくて。

 

以下テキトー書き起こし(誤字誤訳はご勘弁雰囲気だけ読んでください。

 

「Lot of people has this image in their mind, of like, perfect relationship with perfect life but then there isn't. The world 's not fair」

(みんなあると思うんだけど、完璧な関係を築いてて、完璧な人生を送ってるイメージ。でも実際にはそんなものはないんだよね。世界はなんて不公平なんだろう)

 

「We are the generation of loneliness cuz everybody so afraid of love each other」

(私たちってなにげに孤独なジェネレーションなんだろうね。みんな愛し合うのとか怖すぎて躊躇しちゃってる)

 

「Nobody trusts each other because they don't really want to get their heart broken」

(信頼しあうのだって怖い。誰も傷つきたくなんてないじゃない)

 

「There's "I have love for you", there's "I'm in love with you" and then there's like.. 」

("相手に愛がある"はあるじゃない、"恋に落ちた"もあるじゃない、そして他には…)

 

「"I love you"?」

("愛してる?")

 

「I don't know. There's so many and it gets so complicated and I don't know what to say cuz Idon't want to say wrong thing」

(わかんない。いろんなものがあって複雑すぎるの。間違ったことは言いたくないしなんて言っていいか正直わかんない)

 

「I agree that there's human experience that our generation is really missing out of. And I wouldn't feel lonly forever but I have to say that here's the first time that I haven't feeling that sense of  loneliness that I have always feel loneliness that always inside me just annoying at my inside. Just the fist time I don't feel that way.」

(わかる。私たちの世代にまじで欠けてる"人としての経験値”みたいのってあると思う。

"永遠に孤独だ"なんてわけないのはわかってるけど、でも今日初めてその"孤独感"を、いつも心の中に感じててずっと私の何かを邪魔してきた”淋しさ”みたいのを感じてない。ほんとに初めてなの)

 

「あんたみたいな魚も広い海にはいっぱいいるってことだよ」

「そうだよ。みんなここにいるじゃん」

「ありがとう。泣くなんてきもいよね。ごめんね」

 

みたいに続く。

 

ああ、ほんとにこういうの好き。

 

もちろん監督の力量もあるんだろうけど、プラダやミュウミュウには「失われない少女性」みたいのをいつも感じてて、

それってこういう場面を切り取れるミウッチャならではなのだろうな、と感服した。いいね!!

大人になるということは「何者でもない自分」を受け入れることである。

  • 2016.09.17 Saturday
  • 01:54

めずらしく、燃えてる案件について素直に考えてしまった。

 

 

4ヶ月で大学を中退し起業します。レールに沿ったつまらない人生はもう嫌だ。

http://www.ishidanohanashi.com/entry/2016/09/15/193000

 

 

レール!レールに乗ってるって!18歳で言っちゃうあたり!!!

 

とか

 

「自分の夢は社長」って!やりたい事業じゃなくて「起業すること」そのものが目的って!!!

 

とか

 

何もやり遂げてないのに、大学辞めただけでなんかやった気になってる!!!

 

とか、

細かいツッコミどころはもちろんあったのだけど、読んでてなんかひっかかるなーってところをつきつめたら

 

就職=レールに乗った人生=普通のつまらない人生

 

としているところなんですよね。(以下一部引用

 

**********

 

このままやりたいこともできずにつまらない人生を過ごす方がよっぽど辛いです。

 

*********

 

「このまま、周りと同じように3年後は就職活動をし、4年後には働き始める。」

そんな、いわゆる「普通」の人生に自分が満足できるのかって考えたときに、

他の誰もしないようなことをして皆を見返してやりたいと思い、必死にその方法を探しました。

 

 

どんだけ人生のスコープ狭いの、、、

 

ああ、要するにこの人は

 

「就職しちゃう=特別な人じゃないかもしれない自分」に恐れをなして逃げ出したんだな、と。

 

私いろんな人を見ていて最近強く強く思うんですけど、

 

大人になるということは「何者でもない自分」を受け入れることである。と。

 

なーにが「普通」の人生だ!そんなものなくて、みんなが一人一人必死に生活してるだけなんだよ!

見返してやりたい?お前の自尊心のために他人を利用しようとするな!やりたいことがあるなら一人でとっととやれ!

つーか!やりたいこととかなくても!自分は自分で食わせなきゃいけないんだよ!!!働いてるだけでじゅうぶん尊いだろ!バーカ!!!

ということに私は腹がたったんでしょうな。

 

好きにしたらいい。自分の人生だし。

ただ何かをするときに人をクサしたり、何もやってないのにぶち上げたり、中身がないのに自分に食われてく様を見せられるのは勘弁な、と。

 

ちなみに「やりたいこと」がちゃんとあるならまだしも、それもないのに「何者でもない自分」を受け入れられないと、

迷走して目をつぶって走ってる間に「何者でもない人を食い物にする人」に補足されてまっさかさまに落ちてdesire!なんですよね。

目をつぶってたら、自分が持ってるものまでも失ってしまうんだぜ若者よ

(「起業したから」の何割がso called マルチの海に堕ちたと思ってるんだ、、、

 

何者でもない自分がつくっていく、毎日のささやかな生活を愛おしむことこそが人生の本質では、とわたしは思うでよ。

 

その後くしくも本物の若者にtwitterのほうでリプライをいただいて、

「やりたいことがはっきりしない中でも就職したほうがよいのか?その状態で道を決めるのは怖いことではないのか」と訊かれたのですが、

就職って結婚と同じようにゴールじゃないんですよ。その後も毎日があり生活があり人生は続いていく。

 

仕事としてやりたいことは働きながら軌道修正しながら探っていくのでも十分じゃんか。

それを踏まえてどういう選択をして、その後適宜どうやって進んでいくかってのがよっぽど大事だよ。

 

そして「人に伝えたい」ことがないのに「特別になりたい」で自分の身売りを始める人、

だんだん売るとこなくなっていって自分の尻尾に食い殺されてる感のある人がネット界隈にゴロゴロしてるから、

そのへんはなんつーか「自分を大切にしてね」としか言いようがないのですけど。

 

フォロワーさんがこの件に際して書いてらした言葉がとてもよかった。

 

"Don't invade other people's comfort zone for the sake of your own comfort

(自分の快適さのために他人の心地よさを侵すなかれ"

 

つまり、「私は好きにした。君たちも好きにしろ」な気持ちで生きていければみんなもっと楽しくて平和ってことです。

 

やりたいことなんてなくたっていいじゃない。人間だもの。

働いて、毎日生活して、生きてるだけでもうじゅうぶん上出来だよー!てなんなら叫びたい。

@Pula #outlookfestival

  • 2016.09.12 Monday
  • 00:38

久しぶりのヨーロッパまで、遠かった遠かった!!

 

旅の一番の目的だったoutlook festivalのあるPulaまで、羽田から、ドーハで乗り継ぎ、ザグレブで乗り継ぎ、実に20時間ほどかかりまして。

 

 

日本でもたびたびイベントにお邪魔しているPART2STYLEのお二人が日本でのパーティーを主催されてるOUTLOOK FESTIVALの本家本元クロアチア。

「行ってみたいなー」と話してみたところ二つ返事で快諾していただく。そんなところから始まった旅でもございました。

 

 

数週間に及ぶヨーロッパツアーのラストでお疲れでもご多忙でもあるはずなのに、気安くお迎えに来てくださったMaLさん&NIshi-P。

 

夜も更けて、細いあぜ道を通って会場に向かう。

(ところで野外のフェスはこの道を辿ってるところもまた楽しからずや、ですよね

 

 

いわゆるベースミュージックのお祭りなのですが、音楽のことは詳しくないので置いとくとして、

好きだったクラブが閉まったり、しょっちゅう夜遊びって年齢でもなかったりで

日本では「こういうの好きなんだけどどこに行けばいいのやら」な最近なのですが、

野外の会場で、10個くらいステージがあって、晴れてて、あったかくて、

 

「あーーーーこんなにどこに行っても好きな音楽がかかってるなんて幸せーーーー!!!」

 

と着いた瞬間からずっと、言いようのない多幸感を享受しっぱなしでした。

 

 

こーんなお城みたいな壁のところが

 

 

トンネルみたいになってたりして、

 

 

くぐったらこんな趣向になってるとかもうそれだけでテンション上がる。

 

 

もちろんPART2STYLEのステージも満喫。イギリス周りのゲスト多数でライブみたいで楽しかったなー!

 

 

朝焼けー朝焼けー!!朝まで踊り倒したの久しぶりすぎて楽しい!

 

6時に終了したとたん四方八方からセキュリティが出てきて追い出されるんですけど、ぞろぞろ出口まで歩く間

 

「君たちはどっから来たの?」「俺らイギリスから!」「キャンプ?」「や、ホテル」「それがいい!キャンプなんてクソだぜ!」

 

とか知らない人同士が好き勝手喋りながら歩いてたのが楽しかったです。

 

翌日は昼間から海に出かけて9月のプレイバックサマーを満喫したり!!

 

 

 

透明な海にさっと入ってビーチでゴロゴロして、そのまま無料のシャワー浴びて上からワンピース着てバスに乗って帰る!みたいな

田舎のおばあちゃん家の夏休みに混ぜてもらったみたいな素朴感が最高や!!
 

 

2日目に1番ハマったのはメインステージで3時間くらいやってたHOSPITALITYというイギリスのdrum and baseの人たちでした。

http://www.hospitalitydnb.com/

twitterに呟いたら色々反応いただいて。有名な方なんですね。でんでん知らんかった、、、(音楽ほんとに無知!

 

3日目はMaLさんたちと、海で遊んだ後、同じく遊びに来てた女子DJSと一緒にボートパーティーへ。

 

 

空が広くてキレイなんだなー。

 

 

楽しそうなお二人の男子夏休み感もよい。

 

 

SingaporeからいらしてたSereneちゃん。外人のツボを押さえまくったかわい子ちゃんフェススタイル…!

 

しかしいろいろ話を聞いてたらいわゆるgirls DJ(モデルちゃんとかね)とのジレンマとか、いろいろ興味深かった。

自分を売ってかなきゃいけない人の「お仕事としてのセルフィー」とかなー。みんな大変だ!

 

     

 

すんごい人人人!そして海!空!夕暮れ!夜!!!

ボートパーティーってこういうことかあ!な流れが最高だ。

 

 

海の上でも空の下でも負けない音圧ってどうなってるんだろ、なスピーカー。

音楽そのものもだけどいい音をいいスピーカーで低音爆走で聴くってのも最高の娯楽ですな。

 

 

そしてOUTLOOK最後のPART2STYLE。

 

僭越ながら、いままで聴いた中で一番カッコよかった。

なんというかちゃんと海外バージョンなんだけどやっぱりどこかいつものお二人で、そのパーティー感と男っぽさとのバランスにシビれた。

 

前の方で踊ってたらニュージーランドから来たという若者に声をかけられて何かと思えば

 

「あれ君たちの友達なの?最高じゃん!超cooooool!!!!」

 

って100回くらい言われました笑

ほんとにお二人には細やかにお世話になりましてありがとうございました。

 

やーーー何から何までほんとに楽しかったな!

 

夜遊び漬けな生活からは久しく遠ざかっているけど、好きな音を思う存分聴くってやっぱり最高な遊びなんだな、と。

 

あとみんなが楽しそうで、楽しさしかない空の下の空間ってなんて幸せなんだろう、と。

 

来てた人の比率でいったらざっくり半分近くがイギリス人で、2割がフランス人で、残りがその他(含むクロアチアの人)だと思うんだが、

同年代からかなり若い人(高校生くらい)までいろんな人たちがいて、みんなが楽しそうで、楽しそうな人しかいないのがとにかくよかった。

(3日間で約2万円くらいだから、日本の某有名フェスなんかとは桁違いじゃない?それだったら若い人も来れるよねえ、とか)

いわゆる商業的な音楽じゃなくてもこんだけの規模のイベントができて、若い頃から国をまたいでこんな遊び方ができて!

そりゃーヨーロッパは!文化が!!育ちますよね!!!となぜか感服してのOUTOOKFESTIVAL終了でした笑

 

機会があればまた行きたいな。いやほんとに。

 

 

おまけ。Pulaの空港で死んでたOUTLOOK参加者たち。

お財布の入ってそうなカバンもそのままだったり、女の子も転がってたり笑 みなさまおつかれさまでした!

 

 

変わること、変わらないこと、知らないこと

  • 2016.09.11 Sunday
  • 23:02

夏のバカンスはクロアチアより帰ってまいりました。

 

お片づけ、洗濯、洗い物などを粛々とこなしながら寝たり起きたりしてたら友達から電話がかかってきて久しぶりの長電話をした。

近況報告や心境報告などをしてる中で

 

「ああ、私は『変わらない自分』が『変わっていく人とチューニングが合わなくなること』に飽き飽きしてたんだなあ」

 

て気づいた。吐き出せてちょっと楽になった。

「あー長いつきあいの友達っていいなあ。海の波みたいだなあ」って安心感に包まれていた。

 

日本は日々みんなが「楽しくなさそう」すぎる。

なんというか「個人の最大限の快適さの権利を守るためにみんなが自分のやりたいこと我慢する」みたいな。

だから「いろんなあり方」がそもそも認めにくいし、自分の考えの範疇の外で楽しそうな人がいても

「ほんとは楽しくないにちがいない」とか「私の方がもっと楽しいし」(マウンティングってやつですね)みたいな心境に走る人もいたり。

「変わらない自分」を責められるような気分になることもときどきあったりしてちょっと疲れちゃってた。

 

例えば今回の旅でびっくりしたんですけど、長距離バスでiPhoneの動画をイヤホンじゃなくてふつーに音出して観てる人とかいるわけですよ。

最初はもちろん「うるせーな」て思ったのだ が、「音ちょっと下げて」て言えば聞いてくれるし、自分も友達とおしゃべり気兼ねなくできるし発想を転換できればなかなか快適であった。

 

そういう新しい考え方というか、ところ違えば想いも違うよね、みたいなのってほんとによいアクセントになる。

自分の生活だけにblindになってパンパンになっている頭に針を刺して空気を抜いてくれるような。

 

「知らないことっていいよね」

 

って話した。

そういうアクセントを刺しながら、変わらない、と思っている自分も少しずつチューニングしていけたら、楽なのかもしれないな、

なんて心境になった。よい旅でした。

 

いい旅夢日記、いくつか書こうかな。おつきあいくださいませ。


ハリルホジッチ X ベンゲル対談に見る比較文化論

  • 2016.08.14 Sunday
  • 14:34

WOWOWのユーロ総括の特番、なにげなく見ていたら言葉の意味でも比較文化論的にもとてもおもしろかったので。

*サッカー詳しくないしフランス語ブランクもあるので、サッカーの事実確認できませんし、訳は意訳として、フランス語のスペルミス(アクセント表記無)についてはひらにご容赦ください。

 

まずは対談の流れ的にでてきたフランス語の"le vis"と"duel"という言葉が気になった。

「日本サッカーに足りなくて、伝えたいけど伝わらなくて困っているのは"vis"と"duel"の概念だ」とのことで。

 


 

なんのこっちゃ、と興味を持って話を聞いてみた。

 

ベンゲル

"Ils arrivent pas a obtenir des penalties parce que ils ont pas le "vis" "

ペナルティを"もらうこと"ができないんだよ。彼らには"vis"がないんだ!

 

ハリルホジッチ

"Il faut expliquer qu'est ce que ca veut dire "le vis". "Le duel" ils saveit pas qu'est qui est "duel" j'ai ete frape"

"vis"がなんのことか説明しなきゃいけない。"duel"にいたってはなんのことか知らなかった。衝撃だった。

 

visは直訳するとネジのことで、字幕では"ずる賢さ"と訳されているけれども、英語でいうところの"twist(ひねる)"のほうが近いかと。

 

 

ベンゲル

""le vis" a utiliser le regle du foot jusqu'a l'extreme pour que ton avantage. C'est pas au sauce negative"

"vis"というのはサッカーのルールを極限まで引っ張ってみて、自分の有利になるように解釈すること。そこにネガティブな意味は微塵もない。

 

twistはたしかに"意味をねじって屁理屈こねてる"みたいにも"機転を利かせている"みたいな意味でも使われる言葉なのだが、

そういう"機転を利かせてうまいことやる”ことを指しているのだろう。

 

ベンゲル

"日本人の正直さは好きだけど。サッカーにおいては"le vis"は知性の表現の仕方"forme d'intelligence"なんだ。ときに相手の弱さを利用することもある"

 

ハリルホジッチ

"まったくもって意地悪さじゃないんだ。でも日本ではイデオロギー的にもそれがわかってもらえないんだよなー”

 

 

相当なフラストレーションを抱えていたのか、ベンゲルに感謝するハリルホジッチさん笑

 

そしてその例として出てくるのがペナルティエリアでの動き&PKやFKについて。

私はサッカーは詳しくないのであれなんですが、PKが少ない」てことが弱さの指標として語られると思ってなかったので目からウロコでした。

 

 

 

わかったよ、てなるくらいなんども言及される笑

この1回だけのPKについても"par hazar (偶然、ラッキーで"て表現してたからな。。
 

 

 

 

 

この考え、非常に欧米的というか。いい悪いは抜きにしておもしろいなーと思いました。

 

twitterでも下記ご意見いただきましたが、

(相変わらずブログにツイートを埋め込めないポンコツなわたくし)

 

@umbe_llata
「日本人にとってスポーツは、戦いではなくて、自己研鑽や礼節を育む武士道のような教育を含んでいるように感じるので、ハリルの言っていることを内包させるのは難しい気がしないでもない。」

https://twitter.com/umbe_llata/status/764690629284683777

 

この”vis=物事をtwistして有利に進める"ことは大人としての狡猾さとして当然だ!みたいな意識はたぶん自分にも欠けがちなところで。

「そんなことしてまで勝ちたいか!!」とか「自分に恥ずかしくないのかあ!!」的な日本の教育ってとても貴いし立派だと思うんだけど、

外人とわたりあうときにしみついてる性質としてはかなりのdisadvantageに感じることが多いですよね。
 

もう一つの"duel"はメディアでもちょくちょく触れられてるとのことだったので割愛しますけど、言葉としておもしろいいなーと思ったのは

直訳すると"決闘"みたいなことになるので、察するに1対1での勝負強さ、当たりの強さ、当たり負けしないフィジカル、みたいなことかと。

「身体を作ることに対して若い頃からの意識が低すぎる」とおっしゃってた。

 

 

スポーツ選手ではないのになぜか耳が痛いです。

 

 

ここもおもしろかった。

duelを鍛えるために、laisser un petit peu jouer=プレイを止めないで続けること(軽微な反則があってもすぐに笛をふくな)

accepter evolution de football(サッカーの進化を受け入れること)が必要なんだ、と。

 

サッカーだけでなく、世界を相手にするときにはおしなべて考えなければいけないことなんだろうなー。

でもなー日本人マインドってしみついちゃってるし、そもそも変えなきゃいけないって思ってないからなー難しいよなー。

と自戒もこめて。

 

ちなみにWOWOWオンデマンドに動画置いてあるので、会員しか見れませんが気になる方は実際の動画を見てみてください。

 

http://mod.wowow.co.jp/detail?pg=014241&ep=001

 

p.s.

WOWOWということもあってか、かなりざっくばらんな対談で好き放題喋ってたっぽかった。

 

「現代サッカーの欠点はスペースでボールを受けるという意識がFWに欠如していることだ。ピッチの状態が昔に比べてよくなったため、

ボールは足元にもらうもの、という考えが浸透しすぎて、スペースにうまく動けるFWはほとんどいない」みたいな字幕が出てたんだけど、

「スペースにうまく動けるFWはほとんどいない。肝心要のヨーロッパですらそうなんだ。

皮肉なことにいま世界で一番スペースに動くのがうまいのはアメリカ人だぞ」て言っててバッサリ字幕でカットされてたりしてました笑

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